好きな…というとちょっと違うかもしれませんが、ずっと憧れている料理があります。
小学生の時、近所の友だちの家で食べたトマトのスライスがものすごく美味しかったのです。
トマト自体は普通の完熟トマトでしたが、そこに玉ねぎのみじん切りをたっぷり乗せて、フレンチドレッシングをかけて、パセリを散らしたもの…だと思うのです。
子どもの頃、そんな風におしゃれにトマトを食べたことなんてなかったので、すごく感動しました。
しかし料理嫌いの母に「作ってくれ」と頼むわけにはいかず、執念深く味を忘れないようにしていました。
大人になって、思い出して作ってみるのですが、違うんですよね。
何がどう違うのか、さすがにもう覚えてなんていないのですが、感動がない。
見た目は似せることができても、それ以上にはならないのです。
マヨネーズも自家製だったそうなので、ドレッシングが違うんだと思うのですが、再現できません。
そもそも小学生の時、マヨネーズが家で作れるなんて思いもよらないことでした。
生クリームのケーキも彼女の家で初めて食べたんだよね。
もちろん友達のお母さんのお手製の。
久しぶりにトマトスライス作ってみようかな。←というほどの料理ではないが
本日の読書:三国志 第九巻 宮城谷昌光
カバー裏より
『後世に名高い「出師の表」を書き、孔明は魏を征伐すべく事を発する。しかし先鋒を任せた馬謖は兵法には精通しているが実践経験に乏しく、惨敗を喫す。未だ成熟をみない国の法を重んじ、涙を流しながら馬謖を誅す孔明。一方、尊号を王から皇帝に改めた孫権は、早期の天下平定を目指し遼東の公孫淵と手を結ぼうと使者を送るが……。』
一押しの曹操亡き後の三国志なんぞ…と思っていましたが、やっぱり面白い。楽しい。
圧倒的に非凡な人材というのはもうどこにもいないので、あっちもこっちもいろいろと停滞していますが、そこに人間が表れると言いましょうか、ドラマですなあ。
曹丕について思うところは次回に、と八巻の感想で書きましたが、特にこれといって功績も残さずさっくりと病死してしまいました。
大失態はしませんでしたが、全てにおいて能力不足を露呈した曹丕。
いや、能力が足りないだけならしょうがない。
でも、努力をしない。
しかも情に薄くて礼を失し、徳も持ち合わせていない。
諫言はことごとく退けるので、曹操が恃みにしていた重臣たちもあっけなく左遷されたり処刑されたり。
そして自分のやりたいことばかりを優先させる(前線に赴く)ので、大軍を率いて呉の征伐に向かった割には成果を得ることもなく…。
一体君は偉大な父さんのそばで何を見ておったのか!
これじゃあ魏も長くは持たないはずよのう。
と思ったら、後を継いだ曹叡(曹丕の息子)がなかなか良い子で、諫言は進んで受け入れる。
やりたいことよりやるべきことを、わきまえる。
内政も、軍事も、適材適所で任せることができる。
じゃじゃじゃあ、何で司馬懿は?って思ったら、最後の最後で予兆が現れた。
建造好きで、戦で疲弊していようが、農家の繁忙期であろうが、造営のための人手が優先される。
うーむむ。
ここは諫言を聴かなかったらしいぞ。
28歳、謙虚が大事なお年頃なのに。
さて、曹操には行政手腕を買われていた司馬懿だけど、本当は軍を動かしたかった。
曹叡の代になって、曹操時代の優秀な将軍たちも年を取り、世代交代の機に乗じて蜀に対峙する軍を率いることになった。
蜀は、本当に諸葛亮しか人材がないのね。
で、彼は兵法は知っているけど戦場を知らない。
彼は大軍を率いては、大した成果も得られずに蜀に帰っていくしかない。
しかし正直にそんな事を言うと国の士気にかかわるので、小さな勝利を大手柄に、諸葛亮の作戦ミスを馬謖のせいに。
とはいえ、遠征を重ねるごとに戦というものを理解した諸葛亮と、彼を侮る司馬懿。
長期間忍耐強く向かい合い、腹を探り合い、結果ようやく蜀の勝利。
二人とも、軍師としての成長途中。
有名なあれはもう少し先ですな。
そしてついに孫権が皇帝に。
後漢の皇帝から禅譲された魏の皇帝。
劉家以外の皇帝はならぬという正論(劉家の正論だよね)を基に立った蜀の皇帝。
しかし、呉には何一つ皇帝に立つ正当性はないのだよね。
ただ今後の三国のバランスを考えて、今立っておいた方がよかろうという…。
結局後漢王朝のことを最後まで考えていたのは曹操だけなんだよね。
その曹操がなぜ皇帝に親政をさせなかったのかというと、やっぱり献帝に問題があったんじゃないかなあ。
政治的・軍事的能力の欠如というよりも、世間に対する視野の狭さというか。
保身のためなら愛妻をもサッサと切り捨てる非情さとか。
だけど劉備もそうだったし、当時はそれはさほど問題じゃなかったのかなあ。
曹操が宦官の家ので出なければ、後漢王朝はまだしばらく続いたんではないかしら。
