今日は午後から休暇をもらって、母の入居する施設を決めるべく、施設見学ツアーをやってきました。
何でもかんでも私しか動かないという状況にブチ切れて、すべての窓口を弟に1本化したのは2月の下旬。
その後全く何の音沙汰もないので、さすがに「どーなっとる?」と聞いたのが先月の末。
で、今日さ。
紹介してくれる担当氏がいい加減なのか、弟がポンコツなのか、日程調整に手間取ってたんだって。(私の日程は何も聞かれなかったが)
最初に行ったところはいわゆるサ高住。
現在母が入院している病院に近いので、まあまあ面会に行きやすいとはいえ、サ高住。
2月に施設見学に行ったとき、担当氏は言ったよね。
「サ高住は自分で自分のことができて、自律している人が住むところ。お手伝いすることもできますが、基本的には自分でご飯作ったり洗濯したりできる人が住むところです」って。
だからうちの母はグループホームがいいって。
そしたら、元々がグループホームだったところが、増築をきっかけにサ高住になったので、いいとこどりですと来たものだ。
でもやっぱり食堂が狭くてごちゃごちゃしていて、居室も狭くて暗い。
窓を開けると隣の建物の壁が目の前に、っていう環境は絶対母が安らげない。
イベントのようなものは基本的にデイサービスを利用して行うので、サ高住自体は特に…というのもちょっと不満。
そしたら担当氏は言うのよ。
「デイサービスに出かけることそのものがイベントのようなもの。グループホームは基本的に家の中で完結しますから、外に出ることはありません」
え?グループホームだとお散歩ないの?
2番目に行ったところはグループホーム。
食堂はやや広く、居室もやや広く、窓の外は絶景ではないけれど壁でもないし、廊下は広い。
食事は出来合いのものを温めて提供(今時は衛生面を考えてそれが主流だと担当氏は言うが、先月の施設の時は手作りの食事を褒めてたじゃないか)、お散歩あり(え?)。
一つ気になったのは、案内してくれた施設の人がびしょぬれだったこと。
入浴介助をしていたから…とはいうものの、こちらは予約してきているんだし、誰か他の人に代わってもらうことができなかったのだとしたら、結構深刻な人手不足ってこと?
お散歩あり、公園近しは魅力だけど、むむむ。
最後に行ったのは、実家から歩いていけるところ。
ここは食堂が明るくて広いのがよい。
居室も一番広くて明るい。
食事は出来合いだけど、食後の片づけは自分でやる。
洗濯も職員がしてくれるけど、畳んで仕舞うのは自分。
出来ることは自分でする。
毎日の食事前体操やレクリエーションなど、負担にならない程度の刺激があるのも良い。
コロナが収まればお散歩や買い物などの外出OK。
また、父がお散歩がてら面会に来るのも簡単。
ということで、最後に行ったところがいいんじゃないかなあということになりました。
まあ、向こうから断られることもあるのでまだ決定ではありませんが、少しめどが立ってきました。
10さんがテレビで見て気になっていたラーメン屋『麵やHIRAMEKI』に行ってきました。
味噌ラーメンの味噌は北海道の米味噌と、信州の米味噌、九州の麦味噌と八丁味噌のブレンドですって。
カイワレとネギ、メンマ、チャーシューのほか、ひき肉ともやしとゆり根を炒めたものがトッピングされています。
麵も熟成麵でいろいろこだわりのお店ですが、出汁が…あんまり感じられませんでした。残念。
午後から休暇の時にたまに食べに行っていたお蕎麦屋さんが、最近火事を出してしまいました。
死者も出たので、再建しないだろうなあ…。
美味しかったのに、残念。
だからなるべく食べたものを記録しておこうと思いました。
いつまでもお店があるとは限らないのでね。
本日の読書:泣くな道真 ―大宰府の詩(うた)― 澤田瞳子
カバー裏より
『右大臣だった菅原道真が大宰府へ左遷された。悲憤慷慨する彼にお相手役の保積もお手上げ。そこへ美貌の歌人恬子(しずこ)が現れ、博多津の唐物商へ誘う。道真は、書画骨董の目利きの才を発揮し、生気を取り戻す。その頃、朝廷に出す書類に不正が発覚し、府庁は窮地に。事態を知った道真は、自ら奇策を……。朝廷を欺き、意趣返しなるか!日本史上最も有名な左遷された男の活躍をユーモアの中に描く歴史小説。』
菅原道真については、教科書に書いてあるくらいのことしか知らなかったので、こんなに大人げない人だとは!と驚いた。(いや、これフィクションだし)
何しろ身に覚えのない罪で左遷されちゃったので、ひきこもる、人にあたる、物にあたる。
とてつもなく教養のある文人貴族じゃないの?
藤原氏全盛の時に、実力(教養)だけでのし上がってきた道真には、根回しとか、相手を立てるということがなかったのだろう。
真っ向から藤原氏とぶつかってしまい、分不相応な出世をよく思わない多くの貴族たちを敵に回し、冤罪で大宰府に流される。
大宰府への道中にかかる費用も一切本人負担で、一族はことごとく田舎に飛ばされ、孤独と憤懣でどうしようもない気持ちはわかるけど、同行の7歳の娘と4歳の息子がいるんだから、もうちっと大人げを持てよ、と思ってしまう。
が、大陸からの書画骨董がどこよりも早く手に入る博多津で、埋もれた骨とう品を発掘したり贋作を発見したりしているうちに、少しずつ生気を取り戻す。
が、その中で道真は、今まで自分が見ていたものは本当の庶民の姿ではなかったことを知る。
律令制度が形骸化しつつあり、国も地方も財政難。
道端には飢えて死ぬ者が転がり、畑は耕すものもなく立ち枯れ…なんて実情は、都から視察に来るような偉い人には見せられない、隠さねばならないものなのである。
ある程度体裁を整えた地方の窮状を見て、策を施し、それで満足していた己を道真は恥じる。
そして、そんな世の中とは無縁とばかりに雅に現を抜かす朝廷の人々や大社大寺に怒りを覚える。
さて、大宰府の窮状を救うために、横領品の横流しをするのはいけなくて、贋作製作はいいの?
というような疑問を覚えつつ。
私が気に入ったのは、大宰府の大弐(だいに・次官のようなもの)である小野葛絃(くずお)です。
いつもニコニコ温厚で、できる男風ではないけれど、いうべき嫌味はとことん鋭く、見ないふりして全てをご承知。
好きだなあ、こういう人。うん。
ひとつ不満は、道真があまり子どもと絡まなかったこと。
この当時の父親がどの程度子どもと接するのかわからないけれど、ほぼほぼ子供と触れ合うシーンがない。
だから隈麿のことはショックだったのはわかるけど、私もショックだったけど、でも違和感。
あと、第四章のタイトルで予想はついていたけれど、恬子はやっぱりあの方でしたか。
詳しくない時代の話でしたが、面白かったです。
