3月26日、東京まで行って観てきた『裏切りの街』の感想を書いていませんでした。
なんというか、感想書きにくいのですよね。
「楽しかった~」っていう内容ではないので。
同棲相手から毎日お小遣いをもらって、フリーターと言いながらバイト先をバックレて、毎日だらだら過ごすダメ男・菅原裕一と、真面目で温厚な夫がいて、毎日家事が終わった時間を何するでもなく過ごす主婦・橋本智子の不倫話。
これを観ながら最初に思ったのは、「ただいま」「お帰り」などの挨拶や、「今日は何していたの?」「いや別に…」という決まりきった言葉の応酬ではなく、くだらなくて必然性のない会話にこそ良い関係性を構築するための鍵があるのではないかということ。
出会い系で知り合ったのだから、お互いに下心はあるはずなのに、「お笑い芸人、誰が好きですか?」などと探り探りの会話で盛り上がる二人。
基本的にテンション低い二人なので、傍からはそう見えないかもしれないけれど、盛り上がっていたよね。
その時が実は一番楽しかった時なんじゃないかな。
体で繋がった時から、心は二の次になったのではないか。
裕一の生活のすべてを面倒見てくれる恋人の里美は、いつも仕事に追われていて(ミスが多いせい?)、ファッションにかけるお金もなく、それでも「裕ちゃんは今のままでいいんだよ」と裕一を甘やかす。
これは愛情ではなくて、共依存なのではないか。
終盤彼女が裕一を裏切ったことが発覚しても、裕一は怒ることはできない。
だって自分も裏切っていたのだから。
智子の夫・浩二は妻がお笑いを好きだということを多分知らない。
その生真面目さで妻を縛っているという自覚がない。
専業主婦である妻に対して、「今日は僕が当番の日だから」と夕飯の後片付けも積極的に行う。
智子は浩二の前でくつろぐことができていたのだろうか。
裕一はクズだが、ずるい男だが、卑怯ではなかったと思う。
智子に子どもができたと言われたとき、浩二に呼び出されたとき、ちゃんと話を聞き、謝るべきところは謝罪し、堕胎費用も自分が出すという。(ただしバックレたが)
裕一と智子が、互いのパートナーの愛情をそれほど大切にしていないのは、自己評価が低いから他人からの愛情を感じることができないのかとも思った。
積極的に裏切ろうとしているわけではない。
どうせ自分はダメ人間だからと諦めて、ずるずると関係を続ける不毛。
情熱的に相手に惚れているわけではないんだ。
ただ、前に向かっていく気力がないだけ。
他のキャストもいろいろ裏切ってくれちゃてて、そのあっけらかんとした裏切りがとても怖い。
人とのつながりにしがみついているようで、そのつながりをふみにじっても平気。
今が良ければいい?
波風立たなければいい?
その先に待っているのは絶対的な不幸だとしても?
ってなことを、観劇後からずっと考えています。
すっごいひきずっているの。
「お芝居楽しかった?」って聞かれて「うう…」と口ごもる。
そんな『裏切りの街』も、今日が大千穐楽。
キャスト、スタッフの皆様、お疲れさまでした。
本日の読書:盤上の向日葵 下 柚月裕子
カバー裏より
『昭和五十五年、春。棋士への夢を断った上条桂介だったが、駒打つ音に誘われて将棋道場に足を踏み入れる。そこで出会ったのは、自身の運命を大きく狂わせる伝説の真剣師・東明重慶(とうみょうしげよし)だった――。死体遺棄事件の捜査線上に浮かび上がる、桂介と東明の壮絶過ぎる歩み。誰が、誰を、なぜ殺したのか。物語は衝撃の結末を迎える!』
なるほどそういうことか、と納得するとともに、なぜそんな過酷な運命を作者は上条桂介に強いたのかとも思う。
幼い頃の彼の暮らしぶりを考えれば、そしてその後の努力が彼に社会的成功を与えたのであれば、何もそこまで過酷な運命を用意しなくても…。
ただ、将棋が好きだっただけの、そしてめっぽう強かった少年の、生まれてきた意味。
「育てた親に恩返ししろ。しなかったら冷たい人間だと世間に公表するぞ」
これは成立しないと思う。
だって育ててないもの。
近所の人たちはみんな知っていた。
彼は育児放棄され、新聞配達で得たお金すらも父親にむしり取られていたことを。
世間に公表したら糾弾されるのは、親の方だろう。
それでも、社会的に成功し、大勢の社員を抱える身であれば、万に一つの瑕でも命取りになるかもと思い、お金を渡していたのだろうけれど。
それこそ会社を誰かに譲って、もう一度姿を消せばよかったのではないか?
桂介が死に引き寄せられる性癖を持っていると思っていたのに加えての、父親の放つ衝撃的な事実。
多分桂介はそこで壊れてしまったのだ。
「ああ、やっぱり」と思ってしまったのだ。
冷静に考えれば、何の証拠もないことに対して。
桂介が東明に頼んだことは、決して許されることではないけれど、桂介が東明にしたことは、罪ではあっても悪質ではない。
やり直すチャンスを与えることはできなかったのか?
甘いかもしれないけれど、苦労して育った子どもには幸せになって欲しいのだ。
せめて物語の中だけでも。
自分は幸せになる資格がないと思ったから桂介は駒を手放した。
そこから足がつくことはわかっていたろうに。
その自分へのあきらめが哀しすぎる。