5年前から3年間、関東の方で仕事をしていました。
急遽決まった単身赴任で、説明を受けても何をやるのかさっぱりわからない仕事。
2年間その部署で有識者会議の運営や、業界に若い人たちを呼び込むためのネットやイベント事業、職場の記念事業のイベント企画の立案と根回しなど、北海道にいてはすることのない仕事を次々させていただいて、大変だったけれどものすごく楽しかった。
客寄せチラシのデザインをしたり、コンテストの桜としてロゴをデザインしたりと、苦手なクリエイティブ作業も多くて、脂汗をだらだら書きながら仕事してました。
全国の道の駅の住所を調べてリストを作るような仕事の方が好きでしたな。(イベントお願いの手紙を送るため)
次の一年間は国際課で、全くの畑違い。
何の為に今何をやっているのか全然わからないまま見切り発車で仕事をしていました。
だって仕事を止めたら国際問題になるし。
でも、間違えても国際問題になるし。
毎日辛くて辛くて、今でも思い出すと胸が痛い。
3年たって北海道に帰ってきた時、これらの経験は全く仕事に反映されないことはわかっていたので、3年間の異文化交流だと思って気持ちを切り替えました。
本当ならなにがしかの経験を活かしたかったんですけどね。
でも、その時いっしょに異動してきた部長は、最初の部署でご一緒した方だったので、人見知りの激しい私には大変心強かったものです。
厳しいと評判の女性でしたが、それはキャリア女性に対する男性のやっかみも多分に含まれていたと思います。
厳しいは厳しいけれど、理不尽では全然ない人です。
業界に若手を呼び込むためにはどうしたらいいか、というので、業界の若手社員たちとの座談会を企画した人です。
役員のおじ様たちはあまりいい顔をしませんでしたが、やると決まったことはいい仕事をしたいじゃないですか。
出席者たちに事前アンケートをしたいという彼女に、「質問項目はどうしますか?」って聞いたら、「今まで私がいろいろ言ったこと覚えていますよね。そういうことを聞いて、どういう経緯でこの業界に入り、今どう思っているかを引き出したいんです」と強い口調で言われて、ハッとしました。
私は質問項目を箇条書きででも書いてもらえれば楽できるなと思ったんだと思います。
「すみません。アンケート案を作って持ってきますので、目を通してください」と言って、今までの彼女の発言をすべて、メモをひっくり返して拾い上げてからアンケートを作りました。
地方にずっといる女性って、経験値がないから仕方ないよなって感じで、割とみなさん親切に教えてくれるので、すっかりそれに甘えていることを思い知らされました。
その女性が部長として赴任するというので、この2年間は仕事に甘えないようにしようと自分を律してきたつもりです。
お、いい経験してたじゃん。
「新しいことを提案すると、他の人たちはできない理由を一生懸命探すけど、マッピーさんは「どうやってやりますか?」って聞いてくれたので、心強かったです」と言ってもらったことは、今も私の心の支え。
コロナであまり接することができなかったのが心残りです。
そして次の部長は、国際課の時に一緒に仕事をした方です。
海外赴任が長いので、いつも飄々としていて、何dも受け入れる人って感じで、ご一緒できるのが今から楽しみです。
そうか、あの3年間は私のスキルアップのためというより、人脈を広げるための3年間だったんだな。
人生に無駄なことって、あんまり、それほど、たいしてないのかもね。
自分がやれる範囲で最善を尽くすしかないもんね。
…だけど国際課の仕事は辛かったわ…。