カバー裏より
『品川宿の宿屋「紅屋(くれないや)」では、おやすが見習いから、台所付きの女中として正式に雇われることとなり、わずかばかりだかがお給金ももらえるようになった。最近は煮物も教えてもらえるようになり、また「十草屋(とくさや)」に嫁いだ仲良しのお小夜さまが、みずから料理して旦那さまに食べてもらえる献立など、毎日料理のことを考えている。そんななか、おしげさんからおちよの腹にやや子がいることを聞いていたおやすは、日に日に元気がなくなっていくおちよの本音に気づきはじめて――。大好評「お勝手のあん」シリーズ、待望の第四弾!』
カレー粉の謎、お小夜の作れる料理の考案、おちよのお腹の子問題など、複数の持越し案件を絡めながら進むシリーズ。
なので感想が書きにくいと言えば書きにくいのだけど、料理を通してあんの世界が広がって行くのが読んでいて好ましい。
切っている時にまな板から転がり落ちた茄子を「捨ててしまいなさい」というお小夜と、どうしても捨てることのできないおやす。
結局拾って袂に隠し、あとで塩もみしておむすびと共に食べるのだけど、それは料理人として食材をおろそかにできないという以外に、幼い頃、道に落ちている食べものを拾うしか食べ物を得る手段のなかったおやすの生い立ちも影響している。
どちらがいいとか悪いとか、単純には言えないということをおやすは知っている。
”やすはそっと、拾った茄子を袂に入れた。人と人との間には、簡単には越えられないものがある。それは誰にでもあるもので、それがあるからといってその人とわかり合うことができないわけではない。お小夜さまにはお小夜さまのそれがあり、きっとお小夜さまだって、わたしの言葉に越えられないものをお感じになることはあるはずだ。大切なことは、いつかそれを越えられるように、と願い続けることだと思った。”
日本人同士にだって異文化コミュニケーションは必要なわけで、だったらなおさら、海外のどこの国にも互いに違和があって、でもわかりあおうとする、わかりあおうと思い続けることが必要なのだと思います。
おちよの件については、たぶん誰も傷つかない、一番いい解決方法だと思うけど、それでいいのだろうかという思いが残る。
結婚するつもりはみじんもないのに、江戸にいる間に恋愛ごっこに溺れて子どもができて、育てるつもりもないけれど中絶はもっといや。
正直すぎるおちよの気持。
なら、子どもを育ててもいいな、と思ってしまうような人を周囲に配置しての毅然とした処置、なんだろうけれど。
おちよがどこまで覚悟を決めたのかが不明。
そして、大地震や押し込み強盗未遂に続いて、今度は大嵐。
どこまで試練が続くのか、と思うけれど、実際江戸末期は天災が多い時期でもあったのだからしょうがない。
それでも庶民はしたたかにたくましく生き延びることを願って、次の巻を予約しよう。


