あらすじ・解説
1950年代のニューヨーク・マンハッタンのウエスト・サイド。貧困や差別による社会への不満を抱えた若者たちは同胞の仲間たちとグループを作り、それぞれに敵対し合っていた。ある日、ポーランド系移民の「ジェッツ」の元リーダーであるトニー(アンセル・エルゴート)と、対立するプエルトリコ系移民の「シャークス」のリーダーの妹マリア(レイチェル・ゼグラー)が出会い、一瞬で恋に落ちる。その禁断の恋は、多くの人々の運命を変えていく。
解説: 1961年に映画化もされたブロードウェイミュージカルを、スティーヴン・スピルバーグ監督が映画化。1950年代のアメリカ・ニューヨークを舞台に、移民系の二つのグループが抗争を繰り広げる中で芽生える恋を描く。脚本と振付は、共にトニー賞受賞歴のあるトニー・クシュナーとジャスティン・ペックが担当。主人公を『ベイビー・ドライバー』などのアンセル・エルゴート、ヒロインをオーディションで選出されたレイチェル・ゼグラーが演じるほか、1961年版でオスカーを受賞したリタ・モレノらが出演する。
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今日は、JRタワーホテルのロビーでミニ個展を開いている友だちの写真を見て、来年度の手帳を買って、映画を観てきました。
ふい~、盛りだくさんやな。
オリジナルの映画が作られたのは、多分私が生まれる前だと思うのですが、それでも知っている曲がいっぱいのミュージカル『ウェスト・サイド・ストーリ―』。
しかも、ちらちらと見知ったシーンは群舞のシーンばかり。
だからすごく見たかったのです。
対立する若者グループの抗争というのは知っていたのですが、移民同士というのは知らなかった。
プエルトリコ系とポーランド系。
ポーランド系移民のジェッツは自分たちをアメリカ人と言い、プエルトリコ系のシャークスを見下します。
でも、家族のきずなが強く、そこそこ仕事や家をあてがわれているシャークスの方が、子供の面倒も見ないような親に育てられ仕事にもありつけないジェッツより多少余裕があるのかな。
信じられるのは仲間や身内だけで、排他的な彼らは、自分たちの居場所を守るために抗争を続けます。
じぶんたちのいばしょって、シェアできないものなのでしょうか。
面子と偏見とコンプレックスの塊の彼らが、ボタンを掛け違うたびに少しずつ破滅に向かっていくのを見るのはとても胸が苦しくなりました。
イタリア人やユダヤ人にどんどん白人の居場所がとられて行って、今度はプエルトリコかって感じのセリフがありました。
アメリカって黒人だけを差別しているわけじゃなくて、アングロサクソン以外は基本的に余分な苦労を強いられる。
イタリア人やアイルランド人が差別されているのは、人種が違うからと、宗教が違うから。
そうか、プエルトリコもポーランドもカトリックだから、教会のシーンは日本人が思う以上の意味があるのかもしれない。
ポーランド人はスラブ民族だから、ヨーロッパの中では田舎者扱いされるし、新大陸でも差別されているんだな。
本当はこんな難しいことなんて考えずに、純粋に映画を楽しみたかった。
ダンスは圧巻だったし、歌はすばらしかった。
特にマリア役のレイチェル・ゼグラーは超絶的に歌が上手くて鳥肌ものでした。
でもやっぱり、ウクライナの問題にどうしても引っ張られてしまって。
移民だけが狭い土地を争うのではなく、もっと地域全体の問題として譲り合ってシェアするということがどうしてできないんだろう。
ずっと抗争を止めようとしていたシャークスのリーダーの彼女であるアニータが最後に言った嘘。
彼女が一番のお気に入りだったので、「アニータ、おまえもか」と思ってしまったけれど、その前にアニータが味わった恐怖を考えたら、彼女を責めることなんてできない。
でも姉妹のように暮らしてきたアニータとマリア、この先一緒に暮らせるんだろうか。
多分無理。
そうやって、負の感情が連綿と続いていくのだとしたら、人間って悲しすぎる。
いや、映画は楽しかったのよ。
ダンスも歌も。
だけど、エンターテインメントとして消費してしまっていいのかどうか。
ずっといろいろ考えてしまいます。