昨夜から北海道は大荒れです。
雪もすごいが風がひどい。
何時頃かなあ、布団の中で、ドーンって音を聞いて、竜巻か!って怖かったもの。
今日は元々テレワークだったから出勤時のあたふたはなかったけれど、仕事中も風の音がすごすぎて、今停電になったらテレワークはどうなるのだろうとドキドキしてました。
「停電でパソコンが使えない?じゃあ出勤して仕事しろ。電車が動いてない?じゃあ歩いて来い」
なんてことは言われないと思いますが、データが消えるのが怖い。
いや、どさくさでパソコンが故障したらとっても怖い。
結局パソコンは壊れなかったのですが、どういうわけかNINTENDO SWITCHが壊れました。
なんでだ!?
左のジョイコンが反応しなくなってしまった。
『リングフィット・アドベンチャー』が当分できない。
せっかく体調がいいのに。しくしく。
次男にヘルプのLINEを送ったので、予備のSWITCHをまたくれないかな~なんて都合のいいことを考えたり。
以前私に予備の1台をくれた理由が、限定色のSWITCHを買うから、という理由だったので、「ピカチュウ色のSWITCH買うから、余ってるのあげるよ」と言ってくれないものかと…。
できれば母もピカチュウ色がいいです…。
それはさておき、夜半にかけてまだまだ強風は続くとのこと。
うちは暖房以外は全部電気なので、カセットコンロとキャンプ用のランタンを用意して、非常食代わりに菓子パンも買ってきました。
本気で停電の心配をしているわけではありませんが、用意しておくに越したことはないし、こういう時じゃないと菓子パンなんて食べられないからね。
本日の読書:鏡花短篇集 川村二郎編
カバー表より
『現実界を超え、非在と実在が交錯しあう幻視の空間を現出させる鏡花の文学。その文章にひそむ魔力は、短篇においてこそ、凝集したきらめきを放ってあざやかに顕現する。そうした作品群から、定評ある『竜潭譚』『国貞えがく』をはじめ、絶品というべき『二、三羽――十二、三羽』など9篇を選び収める。』
目次
・竜潭譚
・薬草取
・二、三羽――十二、三羽
・雛がたり
・七宝の柱
・若菜のうち
・栃の実
・貝の穴に河童のいる事
・国貞えがく
小説と短い紀行文が収められている。
やはり鏡花といえば、この世ならざる物の気配を感じさせる小説を期待してしまうので、正直紀行文か…と思わないでもなかったけれど、意外やこれが興深く読めた。
『七宝の柱』は、毛越寺(もうつじ)から中尊寺を見てまわるのだけれど、ちょうど数年前に行ったことがあるので、当時気づけなかった事柄の描写を読むにつれ、自身の浅学を残念に思う。
ガイド付きの団体旅行ではなかったのでしょうがないのだけれど。
鏡花は何処かの寺でいやな思いをしたのか、この旅で出会うつつましやかな寺の若僧(にゃくそう)を見てこう書いている。
”世に、緋、紫、緞子を装うて、伽藍に処すること、高家諸侯(こうけだいみょう)の如く、あるいは仏菩薩の玄関番として、衆俗(しゅぞく)を、受附で威張って追払うようなのが少なくない。
そんなのは、僧侶なんど、われらと、仏神の中を妨ぐる、姑だ、小姑だ、受附だ、三太夫だ、邪魔ものである。
衆生は、きゃつばらを追払って、仏にも、祖師にも、天女にも、直接(じか)にお目にかかって話すがいい。”
絶対何か嫌な思いしてるね。笑
『薬草取』の女が好きだな。
幼い頃に母と死に別れた鏡花は、多分にマザコン。
男の大切な女性の命を救うために手助けしてくれる女って、しかも見返りを求めないって、それは理想の母だよ。
でも、そこがいいんだなあ。
山賊が死美女を担いで逃げるっていうのは、坂口安吾を思い出してしまうけれど、昔は割とよくあることだったのでしょうか。
『貝の穴に河童のいる事』は、人間に大けがさせられた河童が地元の姫神様に復讐してくれと頼むのだけど、さすが神様は河童の気持を汲みつつ無血解決。
熟年の夫婦と姪でしょうか、3人の、今でいうところの観光客に、ついとひょうきんな舞を舞わせるのである。
人間たちはなぜそんなことをしたのかわからない。
そもそも河童を怪我させたことにも気づいていない。
自然に対して鈍いのである。
けれど動物たちや、河童までもその踊りがあまりに愉快で、隠れて一緒に踊ってしまう。
姫神に「三人を堪忍してやりや」と言われた河童は笑いながら「踊って喧嘩はなりませぬ」と言う。
帰途につく河童に姫神は鴉を見送りにつけるのである。
この辺も母性を感じるね。
『二、三羽――十二、三羽』の雀たちの様子や、『若菜のうち』の、香樹にかぶりつく幼子の姿など、小さきものへのまなざしの優しさや描写の繊細さに、なんだかホロリとしてしまった。