コーヒーをそれほど飲まない私が、最近なぜカフェに行きたがるのかと言うと、数年後に娘がカフェを開店したいと言ったから。

子どもの先回りをして、危ない石ころを取り除こうとは思っていませんが、子どもの夢を理解できる親でいたいという野望。

 

美味しいコーヒーを淹れて提供できればいいカフェと言えるのかもしれませんが、生活できる程度の儲けを出すことのできるカフェとは如何に?

まず、家賃(テナント料)が安いこと。

そしてある程度の集客が望める立地であること。

そして明確なコンセプトがあること。(唯一無二であればなおよし)

 

コンセプトに口出しは出来ませんが、テナント料がそこそこ安くて集客が望めそうなところに心当たりがあったので、今日は10さんと娘とその周辺をドライブしてきました。

と言っても道の脇に雪が山積みになっている状態で、路面店はほとんど見えず。

それでも街の雰囲気とかを見ながら3人であーでもないこーでもないと言って、少しイメージがはっきりしてきたような気がします。

 

帰る道すがらイオンによって、四国フェアを覗いてきました。

本当は「せとか」(めっちゃ美味しいみかん)を買いたかったのですが、2個で680円と言う高額にビビり、「はるみ」を購入。

ついでに「伊予柑」も購入。

私はここでスマホの充電器を買いに二人から離れたのですが、その後二人は「まるごとみかん大福」を買ってきやがりました。

冷蔵庫がみかんだらけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本日の読書:アンデシュ・ルースルンド&ステファン・トゥンベリ

 

 

カバー裏より

『緻密かつ大胆な犯行で警察を翻弄し、次々と銀行を襲撃していくレオたち。その暴力の扱い方は少年時代に父から学んだものだった。かつて彼らに何がおこったのか。そして今、父は何を思うのか――。過去と現在から語られる”家族”の物語は、轟く銃声と悲しみの叫びを伴って一気に結末へと突き進む。スウェーデン最高の人気を誇り、北欧ミステリの頂点「ガラスの鍵」賞を受賞した鬼才が、圧倒的なリアリティで描く渾身の大作。』

 

最初から、最後は破滅で終わるのだろうと思っていた。

だってこれ、実話をもとにしているのだもの。

怪盗ルパンや二十面相とは違う。

犯罪者をヒーローにするわけにはいかない。

 

だけど、彼らは本当に成功し続けた強盗だったのか?

確かに警察に尻尾は掴ませなかったが、いつも目標を下回る金額しか奪うことができなかった。

そのことについてレオは一度でも考えたことがあるのだろうか。

 

そしてレオは、家族は一致団結するのが当然と考えていたけれど、レオと弟たちは団結していたが、最初から一致なんてしていなかった。

レオにはそれが見えていなかった。

フェリックスが言ったとおり、彼らを統率するのが父親から長兄に代わっただけだったのだ。

どちらもフェリックスやヴィンセントの気持を考えるなんてことはなかった。

ただ黙って俺について来ればいい。

 

フェリックス21歳、ヴィンセント17歳。

ようやく自分たちの気持をレオに伝えて、彼らは袂を分かつ。

だけどレオはもう後戻りできなかった。

強盗することで得られる成功体験の依存症になってしまったと言ってもいい。

どう考えてもレベルの下がったチームで大仕事をやろうとしていたのだから、全く正気ではありえない。

 

レオは暴力を振るわないことを自分に課し、仲間に課し、それが守られることで自分を正当化していたけれど、銃を突き付けられた人は、命の恐怖にさらされた人は、決して消えない傷を心のうちに負ってしまったことにレオは気づくことができなかった。

なぜならレオにもその傷があり、その傷を見ないことでレオはかろうじて自分を支えてきたのだから。

 

父のイヴァンが自分の気持ちのままに暴力を振るって家族を従えてきたことが、結局家族の心を壊してきたのだ。

イヴァンがレオに「家族を頼んだ」ことが、レオの人生を狂わせてしまった。

たった10歳の子どもがどうやって家族を守ることができるのか。

父のとおりにふるまうしかないではないか。反面教師だとしても。

 

作者の一人、ステファン・トゥンベリは強盗に参加しなかった彼らの実の兄弟だという。

本当は4人兄弟だったのだそうだ。

レオはこの本を読んで自分や周りの人たちをどんな狂気にさらしていたか、これで理解できた」と語った。

自分を客観的に見ることができるようになったのなら幸いだと思う。