追い払いたいものある?
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追い払いたいものは特にないけど…酔っ払うとしつこい10さんかなあ。
例年通り、世界平和と家内安全と、髙木くんのお仕事についてのほかに、今年は早いコロナの収束を願って無言でもぐもぐ。
鬼はいわしが苦手だから…と10さんが買ってきたイワシフライ。
だけど10さん、鬼が苦手なのはいわしの頭ですから、残念。←古い
北海道民が投げる豆はこちら。
ところで節分って、死ぬほどお腹がぱんちくりんになる日の事じゃないよね。
明日も仕事なのに、お腹割れそう~。←腹筋が、ではない。
本日の読書:ローマ人の物語 43 ローマ世界の終焉 下 塩野七生
カバー折返しより
『西ローマ帝国の皇帝位を廃したオドアケルののち、テオドリック、テオダトゥスと、ゴート族の有力者がイタリア王を名乗り、統治を開始した。これに対して、東ローマ帝国皇帝ユスティニアヌスはヴァンダル族の支配する北アフリカ、続いてイタリアへと侵攻した。しかし、この17年にも及ぶ東西の攻防のいずこにも、ローマ人の姿はない。ローマ人はもはや地中海世界の主役ではなかったのである。空前絶後の世界帝国は、消え果ててしまったのだ。』
長い長いローマ人の物語も、ついに最後の巻となってしまった。
が、しかし、一体私は何を読まされていたのか。
舞台こそ現在のイタリア半島だけれど、そこで争っているのはローマ人ではない。
蛮族に奪われた土地を取り返し、虐げられているカトリック教徒を救うという名目で東ローマ帝国から送り込まれた軍隊は、イタリアの土地を荒廃させ、ローマの人々なけなしの財産すら吸い上げ、喪われた命は道端に置き捨てられ、文化は蹂躙され、道路も水道も建築物も打ち壊され…。
ローマ人はただのモブでしかない。
残ったのはただ、ローマ人が作った法律のみっていうのが、いかにもローマ人らしくて笑ってしまうが、現代にも残るローマの法の精神は、もしかするとローマ帝国の熾火なのかもしれない。
無能な皇帝が続いたり、蛮族に侵攻されたり、帝国が滅んだ理由はいくつもあるけれど、やっぱり一番の引き金になったのは、キリスト教を国の中心に置いてしまったことだと思う。
人間が人間に対して決定する皇帝ではなく、神が認めた皇帝となった時点で、皇帝としての自負というものが失われていったのではないか。
何をやってもやらなくても、神が認めたことになるのだから、責任感のもちようが変わっていっても仕方のないことなのかもしれない。
他者への寛容を捨て去った時点で、私の中のローマ帝国は終わったのだけれど、著者も東ローマ帝国のことはローマ人の物語とは別物と思っているのがあからさまで、心の中でがっちりと握手する。
ただ、今までギリシャ正教の立ち位置がわからなかったけれど、東ローマ帝国からの流れだと気づいたので、今後はそれを念頭に置いてギリシャ正教について読むことにしよう。



