またまたピクミンの話です。
12月21日から1月11日までの期間限定で、道端で拾ったピクミンを育て仲良し度が4になったらレアシールがいただける。
無課金なので、7色すべてのピクミンにシールをもらってあげることはできないと思う。
だけど、やっぱり欲しいじゃない?期間限定。
なので、えこひいき作戦を決行。
とりあえず紫ピクミンの仲良し度を上げることを最優先にする。
すべてのお使いに行ってもらう。
そしてこまめにエキスをあげる。
しかしなかなか仲良し度があがらない。
お使いよりもチャレンジの方が仲良し度アップが高そうなので、全てのチャレンジに紫ピクミン(シール狙いのやつ)を忍ばせる。
これはいい作戦なのだけど、如何せん一日3回しかチャレンジができない。
それでも紫のピクミンはレアシールをゲットすることができました。
あとは、こつこつ歩いてお使いを増やしつつ、チャレンジにも参加させる。
無課金だからこそ頭を使わねばならない。
だけど年末年始は札幌荒れる予報なんだよね。
いくらピクミンのためとはいえ、吹雪の中歩くのは嫌だなあ。
とりあえず今日は寿司屋まで歩いて往復するのだ。
あと何人のピクミンにシール貰ってあげられるかな。
出来るだけ頑張るよ。
本日の読書:すべての見えない光 アンソニー・ドーア
Amazonより
『孤児院で幼い日を過ごし、ナチスドイツの技術兵となった少年。パリの博物館に勤める父のもとで育った、目の見えない少女。戦時下のフランス、サン・マロでの、二人の短い邂逅。そして彼らの運命を動かす伝説のダイヤモンド―。時代に翻弄される人々の苦闘を、彼らを包む自然の荘厳さとともに、温かな筆致で繊細に描き出す。ピュリツァー賞受賞の感動巨篇。ピュリツァー賞受賞(小説部門)、カーネギー・メダル・フォー・エクセレンス受賞(小説部門)、オーストラリア国際書籍賞受賞、全米図書賞最終候補作。』
第二次大戦下での、フランスの盲目の少女とドイツの技術兵となった少年の、長い人生あるいは長くはなかった人生の中での一瞬の交流に、それまでの二人の苦難や小さな喜びに、胸がいっぱいになりました。
正直、読み始めは「また第二次世界大戦のドイツか…」と思ったのです。
大事な事であるのは重々承知の上で、本屋大賞の翻訳部門にノミネートされる作品の中で、これが主題の本の比率が高すぎるのではないかと。
あさはかでした。
やっぱり、いいものはいいのです。
声高に反戦を謳っているわけではない。
一見突き放しているかのように見える三人称で描かれる文章は、登場人物に対して一定の距離を空けて寄り添っているようにも見える。
フランスの少女は、博物館に努める父と一緒にパリに住んでいるが、徐々にドイツに侵攻されている中で、博物館は巨大なダイヤモンドをナチスに渡さないために博物館の外に隠すことにする。
そのために少女・マリー=ロールは父と、サン・マロ(フランス北部の海辺の町)に住む父の大叔父を訪ねる。
目が見えない少女は、その存在がナチスにばれたら大変なことになるかもしれないので、父は家の中にマリー=ロールを隠すのだが、少女の好奇心は外へと向かう。
大叔父は若い頃、先の大戦のトラウマから人の中に出ていくことができなくなっているが、マリー=ロールのことはとてもかわいがる。
その博識で、マリー=ロールの好奇心を満足させる。
また、家政婦のマネック夫人も、その優しさでマリー=ロールを包み込む。
マネック夫人の健やかで強かな精神が、どれほど周囲の人たちを救ったことか。
ドイツの少年は、炭坑の事故で父を喪い、妹とふたり孤児院で育てられる。
しかし計算能力の高さや、電気や磁力などについてのずば抜けた才能によって、軍事学校への進学を認められる。
妹と幸せになるために、心優しい少年・ヴェルナーは学校生活を送るのだが。
弱肉強食の学校生活でヴェルナーが仲良くなったのは、野鳥を愛する少年・フレデリック。
しかしフレデリックは目をつけられてしまう、弱肉強食に追い詰められたクラスメートたちに。
それをどうすることもできないヴェルナー。
「ヴェルナー、きみの問題はさ、きみがまだ自分の人生を信じていることなんだ」
こんなこと、14歳の少年に言わせるなよ。
時系列が行ったり来たりしながら、ダイヤモンドの件で追われるマリー=ロールと、ドイツの勝利のために敵を摘発していくヴェルナーが少しずつ近づいていく。
ナチスの言い分は、純粋こそが素晴らしいというもの。
秩序を保つためには、全きの優秀なもので世の中をつくっていかなくてはいけない。
不純なもの、劣るものは排除しなくてはならない。
それはなんて息苦しい世の中なのだろう。
ダイヤモンドを追うナチスの上級曹長は、本物とまがい物の見分け方についていう。
「不純物が混じっているものが本物のダイヤだ。自然界に不純物の混じらないダイヤは存在しない。純粋なダイヤだということは、人工的に作られたまがい物だ」
映画を観ているように美しい小説でした。