やったぁ~~~!!
Hey!Say!JUMPのLIVE、第一希望の幕張で当たりました~!
嬉しい!
娘が行けそうな日がそこしかないので、どうか第一希望が当たりますようにと祈りつつ、ちょっと札幌にもエントリーしてましたが。笑
持病の腰痛がいよいよひどくなり、とうとう仕事を辞める決意をした娘と、ちょっと話もしなくちゃならんのですが、とりあえずは浮かれた電話をしてしまいました。
来月は忙しいぞ。
人間ドックを受けて、インフルエンザのワクチンを接種して、手術して、Hey!Say!JUMPの新曲買って、LIVEに行って。
嬉しすぎて体が宙に浮きそう。
私のチケット運は絶望的に悪いから、多分娘のおかげだわ。
ありがとう、娘。
ありがとう、神様。
待ってろよ~、髙木くん。←ケンカ売るのか?
本日の読書:最後の努力 中 ローマ人の物語 36 塩野七生
カバー折返しより
『紀元305年、ディオクレティアヌスが帝位から退き、新たに指名された四人の皇帝による第二次四頭政が始まる。しかし、その後六人もの皇帝が乱立。その争いは内乱の様相を呈する。激しい政治闘争と三度の内戦ののちに勝ち残ったのは、東の正帝リキニウスと、後に大帝と呼ばれることになる西のコンスタンティヌス。ふたりは共同で「ミラノ勅令」を発布し、一神教であるキリスト教を公認した。こうしてローマの良き伝統は跡形もなく崩れ去った。』
この後もまだ少しはローマ帝国は続くので断言はできないけれども、最後の良心的な皇帝がディオクレティアヌスだったのかもしれない。
最終的な権力は自分一人の手に納めたままだったものの、広大なローマ帝国を4分割して皇帝を四人置くというのは、どう考えても我欲よりも公的な必要を重視しているように思える。
しかも、本人がまだ健在なうちに、皇帝の世代交代を図る。
ある程度国に平穏が戻ったら、次の世代に国をまかせる。
老害になりたくないという個人の想いもあったのかもしれないけれど、それよりも国を思っての決断だったと信じたい。
そしてそれは、正しい在り方だったはずだ。
後継者もみな同じ思いなのだったら。
良かれと思ってシステムを変えたはずなのに、そのシステムにしがみつこう、または自分こそがそのシステムに選ばれようとする我欲に捕らわれた後継者たちは、結局守るべき自分たちの国で内戦を起こし、土地を荒廃させ、人心を疲弊させるのだった。
民衆からしたら、誰が勝とうと負けようと、知ったこっちゃないはずだ。
国を守ってくれるのが皇帝というものなのだから。
なのにその皇帝たちが自分たちの土地を踏み荒らす。
まだ皇帝を続けられる余裕を持ちながらも、自ら引退したディオクレティアヌスは、後継者たちによって自分の妻や娘が国外追放のあと、死刑に処せられたことをどう思ったのだろう。
まだ引退して10年もたっていないというのに、自分達を後継者に引き立ててくれた人への恩義などみじんも感じていないその仕打ちを。
こうして衰えていくローマ帝国を立て直すために、ついに東西の皇帝はキリスト教を公認することにする。
それがローマ帝国滅亡の最後の一手だったかもしれない。
ローマ帝国がずっと示してきた『寛容』とは真逆の一神教を受け入れたということは、帝国は寛容ではない道を歩き出したということなのだから。