Amazonより
『江戸参勤は実に行軍である。雪の和田峠越え、御殿様の急な病、行列のなかで進む御家乗っ取りの企み。着到遅れの危機せまるなか、一行は江戸まで歩みきることができるのか。江戸までの中山道で繰り広げられる悲喜こもごも。』
もう本当に面白くって、体力さえもてば一気に読みたかったくらい。
途中に昼寝やうたた寝が何度か入ってのは、あくまでも体力がもたなかっただけで、面白くなかったなんてことは全然ない。
突然父を亡くしたことにより、家業の『参勤交代の供頭』をすることになった一路。
失敗するとお家取りつぶしになるかもしれないというプレッシャーと戦いながら、無事に参勤交代を終えられるように奮闘する。
殿様はうつけ者と名高い蒔坂左京太夫。
殿さまの意を汲み、しかし失敗は許されない、綱渡りの毎日。
しかし読み進むにつれ、殿さまはうつけ者などではないのでは?と思えてくる。
殿さまの言葉が持つ重みを充分知ったうえで、直接言葉にしないようにして自分の想いを伝えるなんて、並大抵の殿ではできないと思う。
でも、うつけ者だったのも事実なのだ。
出来のいい叔父を差し置いて自分が家督を継ぐことが本当に正しいのか?と悩んだあげく、何とか穏便に叔父に家督を譲ろうと考えた手段が「うつけ者作戦」なのだ。
この本、表紙が面白いんだよね。
内容に即したイラストなんだけれど、「葱かよ…」「葱かよ…」のあとの、葱背負った殿様。
これが、泣けてくるくらいいいシーンなのよ。
殿さまの気も知らないで、乗っ取りを企む叔父は、幕閣内に「うちの殿は大バカ者のうつけ者だ」と噂をばらまくけれど、見る目のある人は左京太夫の誠実さと器の大きさと頭の回転の良さをちゃんとわかっている。
世の中は捨てたもんじゃないな。
ただ気になったのは、表紙のセリフと本文のセリフが一か所だけ違っていたこと。
本文では「ならば誤解がある」となっているけれど、多分表紙の「ならば誤読がある」が作者の意だと思う。
単なる誤植なのか、それとも推敲のうえ「誤解」にしたのかはわからないけれど、「お前は考え違いをしているぞ」という意味のセリフのもとにあるのは、「先祖の言葉を読み違えているぞ」ということなのだから、どちらでも間違いではない。
どちらかというと「誤解がある」法が日本語として正しい気もするけれど、「誤読」の方が気分だな。
図書館の休館で上巻との間に2ヶ月ほど空いてしまったのが本当に惜しい。
一気呵成に読み終えて、いろいろなもやもやをすっきりさせたかった。


