びっくりするくらい暑い日が続いている札幌です。

熱中症アラートまで出てしまいました。

…まあ、北海道の人の方が熱中症になじみがないので、危ないっちゃ危ないのですが。

エアコンのない家も多いですし。

 

というわけで、仕事の隙を縫って実家に電話をかけました。

珍しく父が出る。

しかし大声で名乗っても伝わらない。

母に代わる。

私であることは伝わったが、「熱中症アラートが出てるから充分に水分採って」という肝心な部分が伝わらない

再び父に代わり、ようやく用件を伝えることが出来たけど、喉枯れましたよ。

 

そして今晩は熱帯夜なんですって。

毎日気持ちよく熟睡している私ですが、今日はさすがに眠れないのかなあ。

いや、眠れそうな気しかしないぞ。

 

 

 

本日の読書:ローマ人の物語 31 終わりの始まり 下 塩野七生

 

 

カバー折返しより

『失政を重ねたコモドゥスは暗殺され、ローマは帝位を巡って5人の武将が争う内乱に突入した。いずれもマルクス・アウレリウスの時代に取り立てられた彼らのうち、勝ち残ったのは北アフリカ出身のセプティミウス・セヴェルス。帝位に登った彼は、軍を優遇することで安全保障体制の建て直しを図る。だがそれは、社会と軍との乖離を促すものでもあった。衰亡の歯車は少しずつその回転を早めていく。』

 

統治に興味がないのに帝位に居座って、無為無策の限りを尽くしたコモデゥスが暗殺され、次に帝位についたのがペルティナクス。

彼は、年齢が高かったこともあり、次の皇帝までの中継ぎと自覚していた。

その上でコモデゥスの治世中に乱れた世の中を立て直すために、各方面に活躍をした…のだが、彼を一番に推してくれた近衛軍団の長官・レトーに対して美味しいポストを用意するのを後回しにしたため、たった3ヶ月で彼の手の者に暗殺される。

 

レトーが次に白羽の矢を立てたのはディディウス・ユリアヌス。

しかし、彼がなるくらいなら、と、待ったをかけたのが3人で、ディディウス・ユリアヌスを暗殺した後、ローマ帝国は内乱の時代に入る。

最終的に年齢的に若くてやる気に燃えていたセプティミウス・セヴェルスが皇帝となったのだが、ローマらしいローマ皇帝を目指す彼の政策が、後々ローマ帝国の衰亡を加速させることになった…らしい。

 

つくづく思うのが、当たり前のようにローマ帝国の礎を築いたカエサルとアウグストゥスはすごかったな、ということ。

自分の行動にどういう意味があるか、人はこうされるとどう動くのか、組織とは、経済とは、国防とは、内政とは…。

特に練りに練ったようにも見えなかったけれど、実はものすごくしっかりとした基礎だった。

というのも彼らは、皇帝という存在が自分のためにあるとは思っていなかったから。

権力を持つ者こそが自己を抑えなければならないことを熟知していたから。

 

ペルティナクスはそれができたかもしれない。

自分を中継ぎと認識していた彼ならば。

けれど、飴と鞭ではないけれど、ある程度「推してよかった」と思わせることは必要だったんだなあ。

 

その後に乱立した皇帝候補たちは、多分ペルティナクスの覚悟を持っていなかった。

皇帝として何をなすべきか、ではなく、自分のために何をしようか、が強かったのではないか。

自分から皇帝に手を挙げるということは、そういうことなのではないか。

 

歴史に「もし」はないけれど、ペルティナクスが統治していたら、ローマ帝国はもう少し長く続いたのかもしれない。