実家からの帰り道、ちょっと遠回りしてTSUTAYAに寄りました。

毎週日曜日にマンガをレンタルしているので、明日もまた行くんですけれど、『ミステリと言う勿れ』の8巻が3泊4日なので一週間は借りられないのですが、今日借りて明日帰すなら問題ないじゃ~ん。

 

ちょいちょい配架を変える店なので、ちょっと見つけるのに苦労しましたが、8巻は3冊あったので1冊ゲット。

本当なら1週間レンタルできるようになるまで待ちたいところだけど、ドラマ化が決まっているのであるときに借りておかないと、ドラマが始まると常に貸し出し中になっちゃうかもしれないからね。

 

ついでに今9巻と10巻を借りている『7SEEDS』の棚を探す。

明日まごまごしないように。

棚はすぐ見つかったんだけど、本が貸し出し中で…。

5巻から30巻くらいまで全部。

 

5巻から8巻はいいのよ。もう読んだから。

9巻と10巻は今私が借りている。

問題はそれ以降。

だって先週借りたときは、全巻揃っていたんだよ。

っていうことは、11巻以降を借りている人は、順番に読んでないってわけ?

なんで11巻から借りるんだよぅ。

明日は返ってきてるかな。

連休中に一気に読もうと思って借りていったのかな。

にしても全35巻+外伝1巻のうち、11巻から30巻までを借りるってさあ…。

 

うろうろしているうちにふと思いついた。

そうだ、ついでに『ミステリと言う勿れ』の最新刊も在庫があったら借りていこう。

ところが、最新刊の棚に9巻がない。

9巻が出たから8巻が普通に人気作の棚に移ったわけで、しかも私9巻の最初の方をちらっと立ち読みした記憶があるので、絶対に9巻がどこかになければならない。

 

ところがねっちりねっちり探しても、最新刊の9巻が見つからない。

そんな時は、検索機の出番よ。

ポチポチと入力してみたならば、8巻までしか在庫がないことになっている。

え?まじ?

今時マンガの新刊が立ち読みできるようになっているところはないから、レンタルコーナーに本がないとなると、私はどこでその本を読んだの?

それとも妄想?

記憶が改ざんされてる?

きゃ~。ゲッソリ

 

 

本日の読書:プラハ旅日記 山本容子

 

 

Amazonより

『人気の高い多才な版画家が、かねてからあこがれていた街、プラハを巡った。お供したのは、小さなスケッチブック。ターコイズブルーの表紙、真っ赤なページ。そこにはカフカの小説と親しい迷路や、とびきり楽しい人形劇、『園芸家12カ月』などで知られる作家カレル・チャペックの旧居、ビロードのように泡立つチェコのビールなどにまみえた思い出が、いっぱい詰まっている。美しい彩りのスケッチと、著者ならではの豊かな感性に満ちた文章をゆっくり味わえる珠玉の一冊。』

 

版画家の山本容子がプラハを旅した時に持って行ったスケッチブックを本にしたもの。

日記代わりのスケッチブックは、絵を描くだけではなく紙製のコースターやランチョンマットが貼ってあったりもして、その質感があまりにリアルで思わず本のページをひっかいてしまいました。

 

ただ、地色の赤が強すぎて、読み取れない文字があったりもして、注釈を参考に読解したり、絵も、細部がよく見えなかったりで、多少もったいない気もしました。

 

私にとってはプラハと言えばカフカよりもカレル・チャペック。

そのチャペックの絶筆と言われている文章が紹介されていました。

 

”「今や、民族と民族の距離は恐ろしく遠い……」。そんな時代に、ほかの民族、よその国を理解するのに必要なのは、知識ではなく、イメージすることだと彼はいう。たとえばイギリスをイメージした時に浮かんでくるのは、列車から見た緑の芝生のある赤い家と、植木を手入れする老紳士、そして熱心にペダルを踏む自転車に乗った少女……イングランド銀行でもウェストミンスター寺院でもない。名所・旧跡を知ることじゃなく、そこに住んでいる人の日常の営みをイメージすれば、ほら、人の顔が見えてくる……そうすれば、その国と親しくなれる。”

 

これがエンパシーということなのでしょう。

チャペックの作品を読むと、飄々として辛辣で、そしてとても豊かな感性を持った人であることが分かります。

そして、そういう人に私はなりたいと思っているのです。