今月は私の誕生日があります。
「なんでもいいよ~」と丸投げの10さんとは違い、私の誕生日にしていただきたいことは、一つ。
「お寿司屋さんで食事する」です。
去年も行ったお寿司屋さんで、お任せのお寿司を食べ、美味しいお酒を飲む。
これが年に一度の楽しみなわけです。
で、今日、家に帰ると10さんが「お寿司屋さん予約したよ」というのです。
でかした!と思ったのですが、よくよく聞いてみると誕生日当日に予約した、と。
そりゃないぜ、10さん。
次の日仕事じゃないの。
「別にいいじゃん。どうせ飲みすぎるほどなんて飲まないんだから」
気持ちの問題!
平日だったら残業するかもしれないんだし、次の日仕事だったら気持ちよく飲めないでしょ。
「わがままだなあ。せっかく予約したのに」
わかりました。
誕生日の当事者の意向を無視して食事をするのが今年の趣向であるのなら、文句も言わず甘んじましょう。
「…予約、変更します」
10さん、誕生日ディナーに一番大切なのは、誕生日当日に食べることじゃないんだ。(私はね)
心置きなく食事できる環境なんじゃよ。
本日の読書:峠 中 司馬遼太郎
カバー裏より
『旅から帰った河井継之助は、長岡藩に戻って重職に就き、洋式の新しい銃器を購入して富国強兵に努めるなど藩政改革に乗り出す。ちょうどそのとき、京から大政奉還の報せが届いた。家康の幕将だった牧野家の節を守るため上方に参りたいという藩主忠訓の意向を汲んだ継之助は、そのお供をし、多数の藩士を従えて京へ向かう。風雲急を告げるなか、一藩士だった彼は家老に抜擢されることになった。』
上巻ではいけ好かない頭でっかち野郎だった河井継之助だけど、中巻になるとちょっと趣が変わる。
「幕府なんてもはや不要。
長岡藩は自立してやっていけるような経済力を身につけねばならない。」
と言っていたかと思うと、
「殿には、忠臣であるという筋を通させてやりたい」(つまり幕府のために忠義を尽くさせたい)
と言い、さらには
「殿がまず死んで見せなければ、藩の意見は一つにならない」
とまで言い出す。
どうしたいのだ、河井継之助。
幕府をあてにせず経済立国を目指すのだったら、さっさと薩長に付けばよかったのだ。
殿の心情を汲んで幕府に忠義を立てるというのなら、もっと早くから薩長の主張の矛盾を突いて論破しておけばよかったのだ。
とりあえず本心を押し殺したまま、藩政改革に乗り出す継之助。
誰にも本心を隠したままだから、すべてを自分一人でこなさなければならない。
船頭が多すぎると船が山に登ってしまうけど、ひとりでできることなんていくら有能な人物にだって限りはある。
身をすり減らしながら藩内外を奔走する継之助の言った言葉。
”「政治とは、本来寒いものだぜ」(中略)「政治をするものは身が寒い」ということに相違ない。わが身をそういう場所に置いておかねば、領民はとてもついて来ないということらしい。”
”理に合わぬ禁令が出ると、ずるいやつが得をする。政治が社会を毒するのはそういう場合だ。”
これは最近のワクチン問題とか、自粛問題とか、思い当たることがいろいろあるなあ。
福澤諭吉との比較
”福澤は乾ききった理性で世の進運をとらえているが、継之助には情緒性がつよい。情緒を、この継之助は士たる者の美しさとして見、人として最も大事なものとしている。”
福澤諭吉については、まあそうだろうと思うけど、上巻の継之助には情緒性はなかったよ。
何だか人物造形にぶれがあるような気がしてならない。
さて、かねてより幕府に近しかった島津斉彬の下で見いだされた西郷隆盛が、どうしてあれほど幕府に対して敵対行動をとるようになったのかがわからなかったのですが、ここに西郷どんの語った言葉が書いてありました。
”日本中を焦土にする覚悟でかからねばならない。天下は灰になり、民は苦しむ、しかしその灰と苦しみのなかからでなければあたらしい国家をつくりあげる力は湧いてこない”
灰と苦しみのなかから新しくつくりあげる。
さすが薩摩の人の言葉だ。
確かに、いい思い出を最後に残して別れた男には未練も残るが、最低最悪のクズ男だと思って別れたら、二度とよりを戻そうとは思わないもんなあ。
でもね、武士はいいよ。
戦うのが仕事だから。
その結果の灰と苦しみも甘んじて受ける覚悟はあるのだろう。
しかし、民衆はただ苦しむだけなのだ。
西郷さんは西南戦争の最後まで、武士の立場でしか動けなかったんだなあ。
「子分がいると、そうなる」と勝先生はおっしゃっていたけれど。