毎日毎日ぼくらは鉄板の上で焼かれているだけだと思ったら、あっという間に東京に戻る日が近づいてきました。
札幌にいる間に行ってきたのが、『人気絵本のひみつ展』。
『月間絵本MOE』の、40周年記念として開催されたイベントです。

「絵本と児童文学は私のライフワークです」と言っていたのははるか昔のこと。
子どもが大人になり孫のいない現在、やっぱり絵本や児童文学が少し遠くに感じられてしまうのはしょうがない。
「バムとケロ」のシリーズ絵本を見つけたのは、子どもたちが中学生になってから。
それでも文字に書かれてはいない、絵が語る細やかなあれこれを見つけては、子どもたちが「お母さん、ケロがここにいるよ」「お母さん、バムはきっとこういう気持ちだったよね」という言葉に、絵本の絵を読む力の確かさを感じさせられました。
ヨシタケシンスケを見つけたのはもっと後。
長男に会いに横浜に行ったとき、横浜の本屋さんで見かけた「りゆうがあります」。
面白いな~と思いつつ買ったのは、「バーナード嬢、曰く」という漫画。
あれもこれもは買えないからな~と思いつつ、忘れられない絵本作家でした。
酒井駒子はそのちょうど中間、子どもに媚びない絵本の絵に感動。
ちょうど自分がはまっていたマリー・ホール・エッツの『森のなか』という絵本を彷彿とさせる絵のタッチに魅かれたのかもしれません。
それで言うと、ヨシタケシンスケの絵本の作り方はかこさとしにさも似たり。
これでもかこれでもかという絵の羅列は、子どもたちに答えは一つではないということを教えてくれました。
原画の繊細なタッチと大胆なイラスト。
原画を見るといつも圧倒されます。
絵心のない自分が哀しくもあり、自分の伸びしろに期待しつつもあり。
本日の読書:雑な読書 古屋美登里
Amazonより
『英米文学をはじめ多くの作品を手掛けている翻訳家・古屋美登里氏が“雑読”を旨とする幅広い選書と軽妙洒脱な文章で導く豊かな世界…BURRN!1994年1月号から連載中の書評エッセイ、初期の傑作50選!著者と書評家・豊崎由美氏が「本を読む愉しみ」を大いに語る対談も収録!! 』
この本で紹介されている本50冊の中で、私が読んだ本が10冊ほどで、これから読もうと思っている本も10冊程度。
けれども、こんなに著者に親近感を覚えるのは、既読本のほとんどを私が面白く読んでいて、未読本のなかでもこれは読みたい!と強く思った本が紹介されていたから。
たったそれだけの根拠でこの著者とわたしは読書傾向が同じである!と強く勘違いをしたのである。
雑な読書というのは、読み方が上っ面だけで雑というのではなく、雑食や雑談のように範囲を限定することなく、好き嫌いな苦難でも読むという姿勢を言う。
とすれば、私の読書もまた雑な読書であり、深い専門知識を持たずに興味のままにあれもこれもに手を出す姿勢は、決して世の中に認められる姿ではないけれども、ありなんだなと思う。
既読は中島梓「夢見る頃を過ぎても」、北村薫「スキップ」、高島俊男「本が好き、悪口言うのはもっと好き」、宮部みゆき「蒲生邸事件」、レーモン・クノー「文体練習」、金子達仁「28年目のハーフタイム」、村上春樹、柴田元幸「翻訳夜話」、米原万里「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」、土屋賢二「土屋学部長の弁明」。
まあ、あんまり堅苦しい本はありませんが、小説からノンフィクションまで面白く読んだ本ばかりです。
そして巻末の対談。
豊崎由美と古屋美登里が何を考え讀者に本を紹介しているか。
本が売れなくなった時代に、良書を読者に手渡し、読書人口を減らさないことを自分に課する。
書評というのも、なかなか大変なんだなあ。

札幌にいる間に行ってきたのが、『人気絵本のひみつ展』。
『月間絵本MOE』の、40周年記念として開催されたイベントです。

「絵本と児童文学は私のライフワークです」と言っていたのははるか昔のこと。
子どもが大人になり孫のいない現在、やっぱり絵本や児童文学が少し遠くに感じられてしまうのはしょうがない。
「バムとケロ」のシリーズ絵本を見つけたのは、子どもたちが中学生になってから。
それでも文字に書かれてはいない、絵が語る細やかなあれこれを見つけては、子どもたちが「お母さん、ケロがここにいるよ」「お母さん、バムはきっとこういう気持ちだったよね」という言葉に、絵本の絵を読む力の確かさを感じさせられました。
ヨシタケシンスケを見つけたのはもっと後。
長男に会いに横浜に行ったとき、横浜の本屋さんで見かけた「りゆうがあります」。
面白いな~と思いつつ買ったのは、「バーナード嬢、曰く」という漫画。
あれもこれもは買えないからな~と思いつつ、忘れられない絵本作家でした。
酒井駒子はそのちょうど中間、子どもに媚びない絵本の絵に感動。
ちょうど自分がはまっていたマリー・ホール・エッツの『森のなか』という絵本を彷彿とさせる絵のタッチに魅かれたのかもしれません。
それで言うと、ヨシタケシンスケの絵本の作り方はかこさとしにさも似たり。
これでもかこれでもかという絵の羅列は、子どもたちに答えは一つではないということを教えてくれました。
原画の繊細なタッチと大胆なイラスト。
原画を見るといつも圧倒されます。
絵心のない自分が哀しくもあり、自分の伸びしろに期待しつつもあり。
本日の読書:雑な読書 古屋美登里
![]() | 雑な読書 (BURRN!叢書) 1,620円 Amazon |
Amazonより
『英米文学をはじめ多くの作品を手掛けている翻訳家・古屋美登里氏が“雑読”を旨とする幅広い選書と軽妙洒脱な文章で導く豊かな世界…BURRN!1994年1月号から連載中の書評エッセイ、初期の傑作50選!著者と書評家・豊崎由美氏が「本を読む愉しみ」を大いに語る対談も収録!! 』
この本で紹介されている本50冊の中で、私が読んだ本が10冊ほどで、これから読もうと思っている本も10冊程度。
けれども、こんなに著者に親近感を覚えるのは、既読本のほとんどを私が面白く読んでいて、未読本のなかでもこれは読みたい!と強く思った本が紹介されていたから。
たったそれだけの根拠でこの著者とわたしは読書傾向が同じである!と強く勘違いをしたのである。
雑な読書というのは、読み方が上っ面だけで雑というのではなく、雑食や雑談のように範囲を限定することなく、好き嫌いな苦難でも読むという姿勢を言う。
とすれば、私の読書もまた雑な読書であり、深い専門知識を持たずに興味のままにあれもこれもに手を出す姿勢は、決して世の中に認められる姿ではないけれども、ありなんだなと思う。
既読は中島梓「夢見る頃を過ぎても」、北村薫「スキップ」、高島俊男「本が好き、悪口言うのはもっと好き」、宮部みゆき「蒲生邸事件」、レーモン・クノー「文体練習」、金子達仁「28年目のハーフタイム」、村上春樹、柴田元幸「翻訳夜話」、米原万里「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」、土屋賢二「土屋学部長の弁明」。
まあ、あんまり堅苦しい本はありませんが、小説からノンフィクションまで面白く読んだ本ばかりです。
そして巻末の対談。
豊崎由美と古屋美登里が何を考え讀者に本を紹介しているか。
本が売れなくなった時代に、良書を読者に手渡し、読書人口を減らさないことを自分に課する。
書評というのも、なかなか大変なんだなあ。

