あれは確か11月17日のことじゃった。(げ、もうそんなに日が経っちまったか)
その日、夜の11時という、いつもはぐーすか寝ている時間にNHKが番組でクイーンを特集するということじゃったのじゃ。
私、その日は札幌におりまして、姪ちゃんが嵐のライブから帰ってくるのを待っておったのですが、11時と言えばちょうど帰って来る頃合い。
晩ご飯の支度などでバタバタして見逃しては大変と、しっかり録画予約をいたしました。
次の日は早くに札幌の家を出なくてはならなかったので、DVDに焼いて東京へ連れ帰ったのでございます。
予想通り11時過ぎに返ってきた姪ちゃんと晩ご飯をもぐもぐ食べながらリアルタイムで見たと言えば見たのですが、実はついうっかり裏番組の「アンフェア」を見ていて、最初の方は見そびれたんですよね。
だからものすごく楽しみにして、DVDを再生したのです。
駄菓子菓子だがしかしガゴッって音がして、DVDプレイヤーが止まった。
「なんだ、なんだ」と取り出そうとしてもどこかに引っかかって出てこない。
そんな時は再起動だ。(パソコンじゃないのに?)
電源を切ってコンセントを抜いて、3つ数えてコンセントに差し込み、電源を入れて取り出しボタンを押すと…ちゃんと出てきました。
「おかしいなあ、何が引っ掛かったんだろう?」とDVDをひっくり返してみたら、なんか無色でねとねとしたものがついている。
10さん、何してくれてんねん!(ダビングを丸投げしておいてこの言い方)
頭から湯気を出しながらマイクロファイバーの布で私はこすった。DVDを。
は~なんて息を吹きかけながら、得体のしれないねとねとしたものをこすり落とした。
そしてDVDを再生しようと思ったら…それは何一つ記録されていない、まっさらなDVDに変貌していたのじゃったのじゃ!
10さんを除けば、誰が悪かったわけでもないの。
それはきっとその番組と縁がなかったというか、そういうことなんだと自分を慰め、ちょっとしか泣かなかったの。大人だから。
で、何日か後にハードディスクの整理をするのにその初期化されちまったDVDを使おうと思ったんすよね。
そうしましたら、なんということでしょう!
普通に録画されてましたわ。
こすったらデータが消えるというのもびっくりだけど(ならカセットテープのほうが安全やないか~い)、一度消えたデータが何もしないのに復活するというのに大変驚きました。
これって、常識なのでしょうか?
本日の読書:コウノトリと六人の子どもたち マインダート・ディヤング
ネットで検索しても書誌情報が見つからないくらいの古い児童書。
でもこの本には大切なことがいっぱい書いてありました。
オランダの、海岸沿いの小さい村が舞台。
その村の小学校に通う少女リーナの作文から物語は始まります。
彼女の住むショーラの村にはコウノトリが来ません。
近隣の村には来るのに、です。
もしコウノトリが来てくれるならコウノトリのことがよくわかるのに。
学校の先生は「なぜ、ショーラにだけコウノトリが来ないのか、考えてごらん」と6人の生徒に言います。
ショーラには、コウノトリが巣をつくれるように家の屋根に車輪を置いていないからだ(屋根の上の車輪に巣をつくるのです)、と考えた子どもたちは、村の中を、不用の車輪を探して歩きます。
その過程で子どもたちは、今まで接点のなかったおじいさんやおばあさん、両足を切断して車いすに乗っている元漁師と知り合います。
今まで知らなかったけれど、おじいさんやおばあさんたちの持つ知恵や、元漁師のおじさんの知識と行動力は、子どもたちに新しい世界を見せてくれます。
お父さんやお母さんたちをも巻き込んで、車輪を屋根に取り付け、コウノトリを待つ喜びと不安。
子どもたちは決してお行儀のいいよいこではありませんし、いいことを考えついてもたいていは失敗します。
でも、失敗して落ち込んでいても困っている人を見ると手助けをする。そうするとわらしべ長者のように何かいいことが起きる。
それらが一つになった時、村にコウノトリが帰ってきます。
学校の先生がいい。
”わたしたちが、なぜだろうと考えはじめると、いろいろのことを、本当に起こるようにさせることが、まま、できるものだよ。”
車輪を探すとき、「ありそうなところはもちろん、ありそうもないと思うところも探しなさい」という先生のアドバイスが、活きるのです。
”なさそうな場所に、思いがけないことが起こる、思いがけないことが起こって人を驚かす”
たった一人の少女の作文が、村のみんなを幸せな気持ちにしたという話。
挿絵はモーリス・センダック。
ちょっと言葉遣いが古いけど、子どもと一緒に読んだら楽しいと思いました。

明日はFNS歌謡祭にHey!Say!JUMPが出ますが…嵐と一緒か…。
うっすい絡みがあるかスルーされるか、どちらにしても盛り立ててはもらえないからなあ。
2週目に出てほしかったと思うなり。
その日、夜の11時という、いつもはぐーすか寝ている時間にNHKが番組でクイーンを特集するということじゃったのじゃ。
私、その日は札幌におりまして、姪ちゃんが嵐のライブから帰ってくるのを待っておったのですが、11時と言えばちょうど帰って来る頃合い。
晩ご飯の支度などでバタバタして見逃しては大変と、しっかり録画予約をいたしました。
次の日は早くに札幌の家を出なくてはならなかったので、DVDに焼いて東京へ連れ帰ったのでございます。
予想通り11時過ぎに返ってきた姪ちゃんと晩ご飯をもぐもぐ食べながらリアルタイムで見たと言えば見たのですが、実はついうっかり裏番組の「アンフェア」を見ていて、最初の方は見そびれたんですよね。
だからものすごく楽しみにして、DVDを再生したのです。
「なんだ、なんだ」と取り出そうとしてもどこかに引っかかって出てこない。
そんな時は再起動だ。(パソコンじゃないのに?)
電源を切ってコンセントを抜いて、3つ数えてコンセントに差し込み、電源を入れて取り出しボタンを押すと…ちゃんと出てきました。
「おかしいなあ、何が引っ掛かったんだろう?」とDVDをひっくり返してみたら、なんか無色でねとねとしたものがついている。
10さん、何してくれてんねん!(ダビングを丸投げしておいてこの言い方)
頭から湯気を出しながらマイクロファイバーの布で私はこすった。DVDを。
は~なんて息を吹きかけながら、得体のしれないねとねとしたものをこすり落とした。
そしてDVDを再生しようと思ったら…それは何一つ記録されていない、まっさらなDVDに変貌していたのじゃったのじゃ!
10さんを除けば、誰が悪かったわけでもないの。
それはきっとその番組と縁がなかったというか、そういうことなんだと自分を慰め、ちょっとしか泣かなかったの。大人だから。
で、何日か後にハードディスクの整理をするのにその初期化されちまったDVDを使おうと思ったんすよね。
そうしましたら、なんということでしょう!
普通に録画されてましたわ。
こすったらデータが消えるというのもびっくりだけど(ならカセットテープのほうが安全やないか~い)、一度消えたデータが何もしないのに復活するというのに大変驚きました。
これって、常識なのでしょうか?
本日の読書:コウノトリと六人の子どもたち マインダート・ディヤング
![]() | コウノトリと六人の子どもたち (岩波の愛蔵版 23) 2,700円 Amazon |
ネットで検索しても書誌情報が見つからないくらいの古い児童書。
でもこの本には大切なことがいっぱい書いてありました。
オランダの、海岸沿いの小さい村が舞台。
その村の小学校に通う少女リーナの作文から物語は始まります。
彼女の住むショーラの村にはコウノトリが来ません。
近隣の村には来るのに、です。
もしコウノトリが来てくれるならコウノトリのことがよくわかるのに。
学校の先生は「なぜ、ショーラにだけコウノトリが来ないのか、考えてごらん」と6人の生徒に言います。
ショーラには、コウノトリが巣をつくれるように家の屋根に車輪を置いていないからだ(屋根の上の車輪に巣をつくるのです)、と考えた子どもたちは、村の中を、不用の車輪を探して歩きます。
その過程で子どもたちは、今まで接点のなかったおじいさんやおばあさん、両足を切断して車いすに乗っている元漁師と知り合います。
今まで知らなかったけれど、おじいさんやおばあさんたちの持つ知恵や、元漁師のおじさんの知識と行動力は、子どもたちに新しい世界を見せてくれます。
お父さんやお母さんたちをも巻き込んで、車輪を屋根に取り付け、コウノトリを待つ喜びと不安。
子どもたちは決してお行儀のいいよいこではありませんし、いいことを考えついてもたいていは失敗します。
でも、失敗して落ち込んでいても困っている人を見ると手助けをする。そうするとわらしべ長者のように何かいいことが起きる。
それらが一つになった時、村にコウノトリが帰ってきます。
学校の先生がいい。
”わたしたちが、なぜだろうと考えはじめると、いろいろのことを、本当に起こるようにさせることが、まま、できるものだよ。”
車輪を探すとき、「ありそうなところはもちろん、ありそうもないと思うところも探しなさい」という先生のアドバイスが、活きるのです。
”なさそうな場所に、思いがけないことが起こる、思いがけないことが起こって人を驚かす”
たった一人の少女の作文が、村のみんなを幸せな気持ちにしたという話。
挿絵はモーリス・センダック。
ちょっと言葉遣いが古いけど、子どもと一緒に読んだら楽しいと思いました。

明日はFNS歌謡祭にHey!Say!JUMPが出ますが…嵐と一緒か…。
うっすい絡みがあるかスルーされるか、どちらにしても盛り立ててはもらえないからなあ。
2週目に出てほしかったと思うなり。
