あらら、もうHey!Say!JUMPの出番が終わっちゃったわ。
カメラ割りがよろしくない。
アップもダンスも少なくて、余計なゲストを映すのもがっかりだけど、一番残念なのはサビの部分の藪くんのかぶせハーモニーのところ。
そこは藪くんアップで映そうよ。
藪くんの伸びやかな声を全国の人たちに聞いてもらって、顔をしっかり覚えてほしかったのに。ぷんすかぷん。

さて、毎週楽しみに見ている「僕らは奇跡でできている」ですが、昨日はことのほかよかったですね~。

山田さんの正体は割と早いうちにわかってたんだけど、ドラマ的には最後まで引っ張るのかと思ってたんです。
こんなに早くここが解決するということは、最後の山場は何になるんだろう?
山場なんかなくても、毎日の生活が奇跡であふれているのなら、それはそれでいいような気もしますが。

このドラマの好きなところは、セリフで説明をしすぎないということです。
ゆったりと進むストーリーには余白がたくさんあって、行間を読む楽しみがあふれている。
演技で、音楽で、風景で…言葉ではないものが、存分に説明してくれる。

言葉のキャッチボールは苦手でも、基本的には誰にでも優しい相河先生が、山田さんにだけは違う。
「山田さんのせいです」って何度言ったことだろう。
100%信頼して甘えてるじゃんって、いつもほほえましく見てた。

こういちくんとこういちくんのお母さんの関係が、きっと過去の相河先生の姿と重なるはず。
そこまでは予想できたんだけど、タコまで行くとはねえ。(笑)
そしておじいちゃん、すごすぎる。
「11年という時間が必要だった」
陶芸家のおじいちゃんの言うことにはとても説得力がある。

例えばドラマが始まったころに、頑なにこんにゃくゼリーを食べない学生がいたり、水本先生が料理教室に通えないことだったり、一つ一つは何気ないことなのに、すべての出来事にちゃんと意味がある。
ちゃんと意味があるのに、いちいち説明しない。
その時は説明しないけれど、あとで理解できるようになっている。
そういうところが好きなんだなあ。

分類なんて意味はない。
名前を付けてレッテルを貼るのは、外から整理しやすくするだけの話で、レッテルを貼られた方は何ら変わる必要がないんだよ。

ありがとう、そう言ってくれて。
相河先生にそう言ってもらって少し肩の荷が下りました。


本日の読書:乃木希典 福田和也



Amazonより
『旅順で数万の兵を死なせた「愚将」か、自らの存在すべてをもって帝国陸軍の名誉を支えた「聖人」か?幼年期から殉死までをつぶさに追い、乃木希典の知られざる実像に迫る傑作評伝。日露戦争開戦100年後に書かれた本書は、従来の乃木像をくつがえすとともに、「徳」を見失った現代日本への警告ともなっている。』

内容よりもまず先に、福田和也の本、最近薄くない?
これはそれほど最近の本ではないけれど、それにしても昔はずっしりと読み応えのある本を書いていたのにさあ。

閑話休題。
乃木希典については旅順で大量の戦死者を出したことと、明治天皇の死後夫婦で殉死したことくらいしか知らないので、この本に書いてあることがどれだけ一般的な解釈なのかはわからない。

この本に書いてあるとおりの「徳」の人だったとして、軍人に必要なのはそれなのだろうか?
いや、「徳」はマストだとして、上に立つものには立つものとしての能力が必要なのでは?
戦争は自己満足であってはいけない。
日本軍の負け惜しみのような精神至上主義がここから出発したのだとしたら、やっぱり彼は上に立ってはいけない人だったのだと思う。

”有能であること、賢明であることだけが、人を尊敬する理由になってしまったのは、私たちが合理的になったということだけではないだろう。むしろ、それは、いかに視野が狭くなったかを示しているようにも思われる。”

有能な人が必要とされるほかに、有用な人はいる。
多分乃木希典は、カリスマ的魅力のある有用な人だったのだろう。
だけど、将軍になってはいけない人だったように思われてならない。

そして、この本を読んだだけの感想だけど、乃木希典という人は、今でいうところの発達障害だったのではないかと思った。
けっして頭が悪いわけではないのに、愚直で融通が利かなくて、こだわりが強くて方針転換ができない。
何よりも子どものころ、みんなができることができなくて、ぽつねんと一人立って見ていること。
どうしてもみんなとテンポが合わなくてずれてしまうこと。その疎外感。

大恩ある叔父と弟を西南戦争で敵として喪った時から、実は死に場所を求めて生きてきたのではないか、とも言われていて、なんだか「岳飛伝」の史進を思い出してしまったよ。
乃木希典からは哀しさがこぼれてくる。(だからと言って将軍の無能はそれだけで罪だ)


ペタしてね