解説
「伝説のチャンピオン」「ウィ・ウィル・ロック・ユー」といった数々の名曲で知られるロックバンド、クイーンのボーカル、フレディ・マーキュリーの伝記ドラマ。華々しい軌跡の裏の知られざる真実を映す。『X-MEN』シリーズなどのブライアン・シンガーが監督を務めた。ドラマシリーズ「MR. ROBOT/ミスター・ロボット」などのラミ・マレック、『ジュラシック・パーク』シリーズなどのジョー・マッゼロらが出演。フレディにふんしたラミが熱演を見せる。
シネマトゥデイ













あらすじ
1970年のロンドン。ルックスや複雑な出自に劣等感を抱くフレディ・マーキュリー(ラミ・マレック)は、ボーカルが脱退したというブライアン・メイ(グウィリム・リー)とロジャー・テイラー(ベン・ハーディ)のバンドに自分を売り込む。類いまれな歌声に心を奪われた二人は彼をバンドに迎え、さらにジョン・ディーコン(ジョー・マッゼロ)も加わってクイーンとして活動する。やがて「キラー・クイーン」のヒットによってスターダムにのし上がるが、フレディはスキャンダル報道やメンバーとの衝突に苦しむ。
シネマトゥデイ












フレディが亡くなった時、その死のあまりの早さと、自業自得と言っていい死因に「フレディはバカだ」と思いました。
こんなに才能があるのに、なぜ生き急いでしまったのかと悔しくなりました。
クイーンは好きですが、特にファンということもなかったのです。
何しろベイ・シティ・ローラーズの熱烈なファンだったので。
でも、とにかく曲は素晴らしいでしょう?
だから悔しかったのですね。
この映画を観ていても、フレディが生き急ぐ様子が、見ていて苦しくて。
映画の中でもブライアンが「生き急ぐな」と言っているくらいですから。
フレディにとって、家は自分を縛り付けるものだったのでしょう。
アジア系の顔立ちで差別され、多分普通に就職しようものなら労働系の職場一択だったでしょう。
だから、バンド名はあえてクイーンだったのか?とも思いました。
元の名前を捨て、自分のつけたフレディ・マーキュリーの名で生きることを選択します。
わがままで傲慢で、エキセントリックなフレディとぶつかりながらも認め合うバンドのメンバーは、まさに家族。
そして運命の女性・メアリー。
生涯彼女を愛しながら、本当の夫婦にはなれなかった。
心は結ばれていたけれど、人は心だけでは生きられない。
フレディは徐々に自分を失い始める。
というようなストーリーももちろんよかったんだけど、とにかく音楽が素晴らしいの。
私が行った映画館は中央部の座席しか販売していませんでした。
きちんと音が届くようにとの配慮だと思います。
ブライアンとロジャーが音楽の総指揮をとっていたそうで、シーンごとの楽曲の選択もよかったし、臨場感もあった。
フレディを演じた俳優さんには当初違和感を禁じえなかったのです。
なぜって、遠目に映るとフレディなのに、アップになると違う顔っていうのになかなかなれなかったから。
残りの3人は、すぐ違和感なく受け入れたのに。
特にロジャーは、本人の若いころかと思うくらいでした。
でも最後の20分、顔は違うけど、フレディ本人がそこにいました。
もうフレディ以外の何物でもない。
もちろんクイーン全員がクイーンでした。
どこから泣いていたんだろう。
なぜ泣いたんだろう。
最初の、音とじゃれあうように楽しそうにレコーディングしていたまま、時を重ねることができなかったこと。
それが悔しかったのかもしれない。
クイーンの曲の中で特別優れた楽曲ではないことは十分承知していますが、中学生のころからずっとクイーンの曲の中で一番好きな『Don't Stop Me Now』が、あそこでああ使われるとは!
なんとか時間を作ってまた見に行きたいなあ。
クイーンの音に包まれる至福の時間は、映画館でなければもう体験することができないのだから。

「伝説のチャンピオン」「ウィ・ウィル・ロック・ユー」といった数々の名曲で知られるロックバンド、クイーンのボーカル、フレディ・マーキュリーの伝記ドラマ。華々しい軌跡の裏の知られざる真実を映す。『X-MEN』シリーズなどのブライアン・シンガーが監督を務めた。ドラマシリーズ「MR. ROBOT/ミスター・ロボット」などのラミ・マレック、『ジュラシック・パーク』シリーズなどのジョー・マッゼロらが出演。フレディにふんしたラミが熱演を見せる。
シネマトゥデイ
あらすじ
1970年のロンドン。ルックスや複雑な出自に劣等感を抱くフレディ・マーキュリー(ラミ・マレック)は、ボーカルが脱退したというブライアン・メイ(グウィリム・リー)とロジャー・テイラー(ベン・ハーディ)のバンドに自分を売り込む。類いまれな歌声に心を奪われた二人は彼をバンドに迎え、さらにジョン・ディーコン(ジョー・マッゼロ)も加わってクイーンとして活動する。やがて「キラー・クイーン」のヒットによってスターダムにのし上がるが、フレディはスキャンダル報道やメンバーとの衝突に苦しむ。
シネマトゥデイ
フレディが亡くなった時、その死のあまりの早さと、自業自得と言っていい死因に「フレディはバカだ」と思いました。
こんなに才能があるのに、なぜ生き急いでしまったのかと悔しくなりました。
クイーンは好きですが、特にファンということもなかったのです。
何しろベイ・シティ・ローラーズの熱烈なファンだったので。
でも、とにかく曲は素晴らしいでしょう?
だから悔しかったのですね。
この映画を観ていても、フレディが生き急ぐ様子が、見ていて苦しくて。
映画の中でもブライアンが「生き急ぐな」と言っているくらいですから。
フレディにとって、家は自分を縛り付けるものだったのでしょう。
アジア系の顔立ちで差別され、多分普通に就職しようものなら労働系の職場一択だったでしょう。
だから、バンド名はあえてクイーンだったのか?とも思いました。
元の名前を捨て、自分のつけたフレディ・マーキュリーの名で生きることを選択します。
わがままで傲慢で、エキセントリックなフレディとぶつかりながらも認め合うバンドのメンバーは、まさに家族。
そして運命の女性・メアリー。
生涯彼女を愛しながら、本当の夫婦にはなれなかった。
心は結ばれていたけれど、人は心だけでは生きられない。
フレディは徐々に自分を失い始める。
というようなストーリーももちろんよかったんだけど、とにかく音楽が素晴らしいの。
私が行った映画館は中央部の座席しか販売していませんでした。
きちんと音が届くようにとの配慮だと思います。
ブライアンとロジャーが音楽の総指揮をとっていたそうで、シーンごとの楽曲の選択もよかったし、臨場感もあった。
フレディを演じた俳優さんには当初違和感を禁じえなかったのです。
なぜって、遠目に映るとフレディなのに、アップになると違う顔っていうのになかなかなれなかったから。
残りの3人は、すぐ違和感なく受け入れたのに。
特にロジャーは、本人の若いころかと思うくらいでした。
でも最後の20分、顔は違うけど、フレディ本人がそこにいました。
もうフレディ以外の何物でもない。
もちろんクイーン全員がクイーンでした。
どこから泣いていたんだろう。
なぜ泣いたんだろう。
最初の、音とじゃれあうように楽しそうにレコーディングしていたまま、時を重ねることができなかったこと。
それが悔しかったのかもしれない。
クイーンの曲の中で特別優れた楽曲ではないことは十分承知していますが、中学生のころからずっとクイーンの曲の中で一番好きな『Don't Stop Me Now』が、あそこでああ使われるとは!
なんとか時間を作ってまた見に行きたいなあ。
クイーンの音に包まれる至福の時間は、映画館でなければもう体験することができないのだから。
