私は基本的に家事が苦手というか、好きではない。
そんな時間があれば、あんなことやこんなことをして過ごしたい。
だから、あまり散らかさないように、使ったものは定位置に戻すようにしている。

なのに、最近物が見つからない事態が頻発している。

この間も、寝室として使っている部屋で、ティッシュが消えた。
置く場所がないので、いつも本棚に置いているのだけど、その日は何度見直してもそこにティッシュの箱はなかった。
「おかしーなー。持ち歩いたりした記憶もないのに、なんでないんだろう?」
しょうがないから和室のティッシュを使いましたが。

数日後、ベッドに腰を掛けて靴下をはいていた時。
ふと本棚のほうに目をやると、そこにはいつも通りティッシュの箱。
一人暮らしじゃなかったら、家族を怒っていたところだよ。
冤罪事件にならなくてよかった。

その時私にははっきりわかったのです。
たとえ見えなくても、そこに確かにあるんだな、と。

だから明日の会議に持って行こうと思っていた筆入れが昨日から見当たらないけれど、きっといつものところにあるはず。
見えないけれども、ある。
多分明後日辺りには見えてくるんじゃないだろうか。

とりあえず明日の会議には、職場においてある筆入れを持って行くことにする。


本日の読書:勇気凛凛ルリの色 四十肩と恋愛 浅田次郎



未だに四十肩にも五十肩にもなったことがない私。
そうか、そんなに激烈に痛いものなのか。
この先もなりたくないなあ。

さて、私は怒るべき時にきちんと怒る人が好きだ。
普段はもちろん温厚でいい。何ならちゃらんぽらんでもいい。
だけど、怒るべき時にへらへらしていたり、見て見ぬふりをする人は大嫌い。

沖縄で、少女が米兵に凌辱された。
そのような事件を二度と起こしてほしくはないという少女に、日本政府はうわべの言葉だけで遺憾の意を述べる。

”凌辱された少女がぼろぼろの体をひきずって、泣きながら歩いた真暗なさとうきび畑の道を、一緒に歩こうとした人間はいなかった。”

浅田次郎は少女とともにさとうきび畑の道を歩く方法を模索する。作家として。
責任ある日本の大人であるということはどういうことなのか。
考え考えして読んだ。


ペタしてね
実は先ほどまで娘がいた。
先週の忘れ物を取りに来てたのだ。
本当なら夜遅くに帰るくらいなら泊まっていってほしいのだけど、私も娘も明日は仕事なので、ご飯を食べて、少し待ったりして、帰っていった。
ああ、ゆっくり休みたいよね~。