本日の読書:天涯無限 アルスラーン戦記 16 田中芳樹



カバー裏より
『周囲を難敵に包囲され、パルス国は絶体絶命の窮地に追い込まれた。解放王アルスラーンはシンドゥラのラジェンドラ王とのある交渉をジャスワントに委ねる。その頃、パルス国内では、先王アンドラゴラスが生きているという流言が広がり始めていた。新マルヤム国王ギスカールと手を結んだヒルメス、魔将軍イルテリシュに率いられたチュルク軍、孔雀姫フィトナを押し立てたミスル軍、そしてついに復活した蛇王ザッハークと魔軍!!パルス軍に打つ手はあるのか?蛇王ザッハークを討つことができるのか!?伝説的ベストセラー、堂々完結。』

ネタバレで行かせていただきますので、これからお読みになる予定の方はこの先読まないほうがよろしいでしょう。



さんざん『皆殺し』の不満をあちこちで聞かされていたので、半分まで読んでもまだ結構残ってるじゃんと思った。←失礼な言いぐさ
まあ、だからこそ怒涛の戦死の連鎖が作者の手抜きのように思えるのだろう。

でも、プロットはしっかりしている。
圧倒的な敵であるザッハークと戦ったというのに、アルスラーン側があまりダメージを受けずにすんでしまったら、ザッハークは圧倒的な敵にはならなくなってしまう。
満身創痍、全身全霊で戦ってこそ、敵は大きくなり、翻ってアルスラーンたちの偉大さが際立つ。はずだったのだが。

ペース配分がまずかったと思うのだ。
作者が書きたかったと思われるシーンとシーンの間が短すぎる。
だから本来は登場人物が行動で説明しなければならないことが、地の文や登場人物のせりふで説明されてしまい、物語としての集中力に欠けてしまう。

なんでこの巻で完結しなければならなかったんだろう?
16翼将と16巻をかけた?
いや、だったら16巻の上、16巻の下とかって分冊で出せばよかったのに。
曲亭馬琴だってやってるよ。
第9輯の上、中ときて、下の上、下の中、下の下の甲、下の下の乙…と、10巻も出てるのよ。しかも1巻5分冊が基本なのに、最後の10巻が10分冊だし。

ナルサスが死ぬことによってパルスには智将がいなくなった。
…にしても、あまりに闘い方が稚拙である。
強大な敵に対して戦力を集中するどころか、無駄に戦力を分散しては死者を出している。
これは、死者を出すための戦力分散なのだということはわかる。
けれどそれが丸見えなのは駄目だろう。
グラーゼが死ななければならなかった意味も、バリパダが生きてシンドゥラに返されなければならなかったわけも、きちんとストーリーがプロットを覆っていないから、無駄に見えるのだ。

主要人物が全員死に果てたって、ストーリーに説得力があれば納得できるのだ。
三国志だって水滸伝だって大勢死ぬけれど、説得力があるから感動できる。

田中芳樹は興味のないことを書けない作家なんだな。
国家運営と軽口と箴言以外は、あまり興味がない。
だから国ができてしまったら、後はあまり書くことがなくなってしまったんだ。
だけどプロットはしっかり作っちゃったので、スケルトンのように骨格だけの小説になっちゃった。

もともとアルスラーン戦記第一部のように、仲間を増やしながら主人公が強くなっていく類の話は、その過程が面白いのである。
そろってしまったら後は、「末永く幸せに暮らしました」(南総里見八犬伝)のようになるか、「強大な敵の前に敗れ果てる」(水滸伝)か、「なんとなく有耶無耶のうちに終了」(三国志)になるのがオチなのだから。
アルスラーンは仲間のみんなと力を合わせてよい国を造り、いつまでもみんな仲良く幸せに暮らしました。
一部で終わっていたらこんな話になったと思うけど、その方が本当に良かったのか。

「『水滸伝は後半が面白くないから、後半は作者が別で続水滸伝ってことなんじゃね?』っていう者がいるが、悪が滅んでこその勧善懲悪だから」って、やっぱり後半が面白くないと読者に文句を言われた曲亭馬琴も言っている。
まあアルスラーンの場合、善も死んじゃってるから、勧善懲悪でもないんだけれど。

伏線の未回収もいけませんね。
本来なら、銀の腕輪をした3人の娘はもっと重要な役どころのはず。
男の子を死産したから、妻がショックを受けないように女の子を買い取ってもっともらしく銀の腕輪をつけてばらまいた。
なんと説得力のない説明。
男の子を死産したことを隠して、男の子を買い取って慈しんで育てればすんだ話だろう。

尊師の正体も思わせぶりなセリフだけで、結局わからないままに終わってしまったし、何よりわからないのが、魔道士たちが蛇王を復活させねばならなかった動機。
蛇王が復活したときから思っていたのが、人の手に負えない強大な力って、核みたいだなということ。
最後の最後に蛇王が人の手で作られたのが明らかになり(核のメタファーってこと?)、蛇王の人間に対する憎悪はわかったとして(人知を超える存在として、もっと無感情でいて欲しかったけど)、蛇王の力を封じるルクナバードを魔道士たちは恐れていたのがよくわからん。
ルクナバードを作ったのも魔道士たちじゃないの?

そんなわけで、何度も書いたけれどプロットはしっかりしているのだから、ここは荒川弘版アルスラーンに期待するのが正しい判断かと。
描かれねばならないポイントはしっかりとできている。
後はシーンとシーンをつなげるストーリーだが、彼女の物語創りの上手さは『鋼の錬金術師』で証明済みである。
絶対面白いものにしてくれると思うんだけどなあ。結末が皆殺しでも。
そもそもザッハークが人造人間って、『ハガレン』に引っ張られたんじゃないの?って思いましたわ。

あとは、いちいち敵方まで皆殺しにしなくてもよろしい。
ギスカールなんてマルヤムで勤勉に国政を司っていればよかったのに。
ヒルメスだってナルサスを殺した時点で、アルスラーンを倒したところで心が晴れることはないことをわかったはず。
余生はイリーナの菩提を弔って過ごせばよかったのに。
フィトナに至っては、物語上忘れてもいいくらいの小物だったじゃないですか。
そんなところを書く余裕があったら、もう少しストーリーに厚みを持たせてほしかった。

などと重箱の隅をたくさんつついてしまいましたが、「一緒に茫然自失の境地を分かち合いましょう」と後輩に言われたにもかかわらず、そこまで拒否するほどの駄作とは思いませんでした。
来週の月曜日に出張でこちらに来る後輩と、アルスラーン話で盛り上がれたら嬉しいです。
そのためにここ最近アルスラーンをかため読みしていたのですから。


ペタしてね
BGMは木村カエラ『happiness!!!』でした。