街の中はとっくにクリスマス・ムードが溢れていましたが、うちの近所のライトアップは今日からです。

マンションのエントランスにおかれたクリスマス・ツリー。
今日の夕方に点灯式があったらしいけど、私が帰ったときは閑散としていました。





最寄駅のロータリー。
明日は雪が積もったツリーになるかもしれない。



じわじわと年の瀬を感じさせられていますが、何の準備もしとりません。
気が付いたら来年の節分くらいになってるかもしれないなあ。



本日の読書:破滅の美学 ヤクザ映画への鎮魂曲 笠原和夫

カバー裏より
『「仁義なき戦い」「総長賭博」など、数々のヤクザ映画の脚本家として名を残した笠原和夫。その彼が取材で知り得たヤクザたちのほんとうの姿とは?喧嘩、博奕、修業、放蕩、狂気、情欲……。男たちの行動と心情をいきいきと描き出す。映画のもとになった話、映画にできなかったエピソードなど、実際の映画以上に面白い内容に、ファンならずとも引きこまれる。』

ヤクザ映画は観たことありませんし、観たいとも思いませんが(暴力シーンが無理)、文章だとなぜか読める。
ヤクザとか暴力団のように、最終的に暴力(飛び道具込み)で手っ取り早く肩をつけるというのが好きではない。
だけどこの本、まあまあ面白く読めたのですわ。

“だいたいヤクザの裏話を聞いてきてそのままを映画にしたら、試写室で見た親分が、
「こんな侠客、いやへんで、アホクサ!」
と怒り出す。ウソ八百の義理人情で練り固めたドラマを見せると、
「これや!これがホンマモンや!」
と喜んでくれる。”
つまりまあ、普段観ているヤクザ映画は事実に即してはいないらしい。

三島由紀夫が、著者が脚本を書いたヤクザ映画を絶賛してから、ヤクザ映画が市民権を得たらしいが
“わたしはじつは三島文学というものがよく分からない。あの人がしきりと軍人の格好をして見せていたのも、よく分からない。本当の軍人というものは、人前でそういうフリはして見せないものである。”

ヤクザも、客(カモ)がいてなんぼのところがあるので、一般の人に凄んでみせることはほとんどないというのだけど、ホントかな。

ヤクザといえば仁義口上だけど、今どき長々と仁義を切る人はいないのだとか。
長々やるなら「事前に電話ですませろ」と言われるので、今では名刺の交換だけで終わってしまうのだそうで。

一宿一飯の恩というけれど、これにもきちんとした作法がある。
“食事は茶碗に二杯ときまっていて、出されたものは全部食べなくてはいけないから、二杯目の飯を残さないように、一膳目の飯の真ン中だけ少し箸をつけて穴をあけ、そこに二杯目をよそって貰うようにする。魚の骨も紙に包んで懐中に蔵(しま)う。”

映画界の中で継子扱いされていたヤクザ映画。
そんな中で脚本を書き続けていた著者は、本当はヤクザなんて大嫌いでありながら取材を重ね、作品を発表していく。

“褒め言葉は、人を元気づける。しかし、それは潤滑油としての効用で、燃料にはならない。人を前に押し進めるものは、真正面から浴びせられた悪口雑言、痛罵、毒舌、「寸鉄人を刺す」皮肉などである。”

暴力は嫌いだが、反骨精神は好きだ。


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