
毎日眺めていてもかわいい猫のしおり。
本当はイベントチケットの半券なんだけど、もう、毎日一緒。
本を閉じてニマニマしているのは、やっぱりちょっと変かしら。
ようやく家に帰ってきて、やることは山のようにあるけれどちょっと休憩。
本を開くのはもう少し後になるけれど、この愛らしい顔を見ているだけで疲れがとれるわ~。
本日の読書:イギリスはおいしい 林望
カバー裏より
『アフタヌーン・ティーを飲むと、イギリス文化が見えてくる?フィッシュ・アンド・チップスはおしゃれなの?―不評極まるイギリス料理なれど、イギリス文化を会得すれば、これまた実に美味なものなり。リンボウ先生のご説、ご覧あれ!日本エッセイスト・クラブ賞受賞の話題作、「新レセピ」のオマケが付いて文庫版登場。』
どういうシチュエーションか忘れたけれど、「だってイギリス人って、緑の野菜を茶色く茹でる人達なんですよ!」って後輩が言ったことが忘れられない。
家族でイギリスに留学した人に美味しいものあった?って聞いたら「ローストビーフ以外は全て食べる価値なしです」と言われたこともあったなあ。
リンボウ先生の分析によると、イギリス人は塩加減に無頓着。つまり味がないか、しょっぱいか極端であるらしい。
そして、食感に無頓着。歯ごたえ、のど越し、舌触り。そういうものに、とんと興味がないらしい。
だから茹ですぎる。
とにかく茹で倒す。
味のないでろでろした野菜を平気で食べる。(それはベビーフードではないの?)
それは、質素倹約を旨としたピューリタン精神に基づくものである、という説もあるのだそうで、おいしい料理を食べておいしいと喜ぶのは罪深いことであると。
確かにフランスもイタリアもカトリックだな。
とはいえ、私が思うには、子どもの頃に周りの人たちが「おいしいね」と言いあいながら食事をとる経験がないと、おいしいものに対する感性が鈍くなるのではないかなあ。
赤ちゃんの、最初の一口から好き嫌いはあると思うけど、それとは別においしいものを喜ぶこと、これは文化なのではないかしら。
というのも、私の実家は父が大の偏食家で、母は認めないけど結構な偏食家だったのではないかと思うのね。
そして料理下手を自認していた母が、「おいしいから食べてごらん」なんて言うはずもなく、大抵のものは味も感じないで義務として食べていたように思います。
ところが結婚したら、まあなんでも「おいしい。おいしい」と食べる人に当って、大して料理が得意でもない私が勘違いしそうな勢いで食べてくれる。
好き嫌いなくなんでも食べる人につられて、大人になってから好きになった食べ物数知れず。
そんなわけで、好き嫌いは個人の味覚だと思うけど、おいしく料理を食べるというのは文化だと思うわけです。
イギリスは食事そのものよりも、食事の際の会話が大切な文化だから、あんまりおいしくて会話がおろそかになってはいけないから、味には無頓着という説もあるようです。
それにしても、魚を焼く前にお湯でぐらぐら煮るというのは、日本人には考えられませんね。
さかなの出汁がたっぷりとれた茹で汁は、惜し気もなく捨てるそうです。
ああ…もったいない。
そして、イギリスにはイギリスパンと言われている山型のパンはないそうです。
イギリス人には主食と副食という概念がないので、パンが主食とは考えていない。
では、パンとは何か?
おかずを載せて食べる台。
だからうすーくうすーく切るのがよい。
厚切りだとそれだけでお腹いっぱいになっちゃうからダメなんですって。
でも、イギリスのスコーン(本場の発音ではスコン)は、絶品らしいです。
こうなってくると逆に気になってくるのが不思議。
