4日しか働かなかったのに、やけに疲れた一週間。
昨日は我ながらびっくりな大チョンボのせいで外出することになり、2時過ぎに家に帰ったらそのまま崩れるように大爆睡。
目が覚めたら部屋が暗かったという…。

おかげさまで今日は体力も復活し、昨日娘が家のことをいろいろやってくれたので、今日は積極的にぐうたら方面に打って出ようと思います。

でも、新年度から業務量が激増するので、体力作りもしなければいけませんな。
いくつかのワーキンググループの事務局やメールマガジンの編集など、神経を使う仕事も増えますのでストレスを上手いこと発散する必要もあります。

ストレスの発散=運動
という強い信念をもった医者にお尻を叩かれつつ始めたジョギング(足踏み)ですが、この3日ほどはサボっています。
だって時間がないんだも~ん。
だって疲れてるんだも~ん。
だってめんどk…もごもご。
今日から再開します。(T_T)

久しぶりにスッキリ晴れた空。
来月の今頃は山の裾野が若草色になっているはず。
桜はどうかな?


本日の読書:出星前夜 飯嶋和一

Amazonより
『寛永十四年、突如として島原を襲った傷寒禍(伝染病)が一帯の小児らの命を次々に奪い始めた。有家村の庄屋・鬼塚甚右衛門は旧知の医師・外崎恵舟を長崎から呼ぶが、代官所はあろうことかこの医師を追放。これに抗議して少年ら数十名が村外れの教会堂跡に集結した。折しも代官所で火事が発生し、代官所はこれを彼らの仕業と決めつけ討伐に向かうが、逆に少年らの銃撃に遭って九人が死亡、四人が重傷を負う。松倉家入封以来二十年、無抵抗をつらぬいてきた旧キリシタンの土地で起こった、それは初めての武装蜂起だった…。第35回大佛次郎賞受賞の歴史超大作。』

島原の乱。
学校で習うそれは、「天草四郎を中心とした、キリスト教徒の反乱」

二部構成の第一部は、松倉氏が治める島原の、苛烈を極める庶民の暮らしがこれでもかこれでもかと描かれる。

元々はキリシタン大名有馬晴信の元、農地に適しているとは言えない土地で神を信じ、助け合いしながら生きてきた人々は、松倉氏に領主が変わったとたん宗教を捨てさせられ、領主や家臣たちの贅沢な暮らしを支えるために水増しされた年貢を納めるために、我慢に我慢を重ねて日々を送っていた。

しかし、台風や暖冬や水不足で凶作が続いても年貢が軽減されることはなく、そればかりか流行り病で次々と幼子が命を失っているときに、治療に来た医者を追放するという仕打ちをされたとき、有江村の少年たちが立ち上がった。
年貢軽減を訴えたために処刑された父を持つ矢矩寿安(やのりじゅあん)を中心に。

が、しかし、彼らは宗教のために立ち上がったのではないのです。
暴政を行う大人たちに、また、唯々諾々とそれに従うしかない大人たちに怒り、絶望し、死ぬために集ったのです。

少年たちの気持ちを十分理解しながらも、村が存続するためには事を起こしてはならないと、手を尽くして藩の面子を保ちつつ、庶民の窮状を訴える庄屋の鬼塚監物。
藩の犬だと、周囲の人たちに蛇蝎のごとく嫌われ蔑まされながらも。

第二部は、とうとう戦いの火ぶたが切られてからの蜂起軍。幕府がよこした鎮圧軍。それぞれの駆け引きと実情。そして寿安。
ここから天草四郎が参加しますが、島原の人たちと天草の人たちはキリスト教で繋がっているとはいえ一枚岩ではありませんでした。
この本を読んだ限りでは、天草四郎がいなければ島原の乱は成功したのでは、と思えてしまうくらいの存在です。

相変わらずドラマチックとは真逆の淡々とした筆致で、細かい数字なども記されていますので、潜入取材をしたかのような臨場感。
量がヘヴィー級なら質もヘヴィー級。

ただ、もう少し文章を整理して書いてくれたら読みやすいのになーと思うのです。
過剰な装飾はいりませんが、接続詞とか、主語の位置とかで、意味が頭に入りやすいように。
同じことを何回も書かずにすむように。(それ、さっきも書いてたって思った文章が何回かありました)

そうそう、以前に感想を書いた『黄金旅風』の主役・末次平左衛門が後半に重要な役どころで出てきます。
鎖国政策を進め、西国大名の収入減を取り上げて権力を幕府に集中させようという動きに対して、長崎の庶民を、自由を、財産を守り抜いた平左衛門が島原の人たちに何をしたか。

歴史は一方向からでは語れないものです。
教科書に書かれていない島原の乱。
大変に読みごたえがあり、充分に満足できました。


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