どどどどどどうしたんだ、いったい!
あまりに分不相応なランキングの結果(38,169位)に、どこのどなたにすればいいのかわかりませんが、土下座してお詫びしたい気分。

もしかして最近のSMAP関連記事が何らかの検索に引っ掛かったのかしらと思ってアクセスワードの解析を見てみたら…1位は「裕翔」でした。
で、3位が「ピンクとグレー」
あ、そっちでしたか。なるほど。

多分一見さんが多いと思うので、明日にでも通常のペースに戻ると思いますが、元来気の小さい私にはビビリバビリブーな出来事でした。

それにしても「土下座」って、恐れ入ったり申し訳ないと思った人が自ら行う行為であって、「土下座して謝りなさい」なんて言う人が最近多いのは品がなくて浅ましいことですね。



本日の読書:火怨 下 北の耀星アテルイ 高橋克彦

カバー裏より
『朝廷の大軍を退けた蝦夷たちの前に、智将・坂上田村麻呂が立ちはだかる。威信を懸けた朝廷の逆襲がはじまった。信に足る武人・田村麻呂の出現で、阿弖流為(アテルイ)は、民のため命を捨てる覚悟を決めた。北の大地に将たちが一人、また一人と果てていく。蝦夷の心を守り戦い抜いた古代の英雄を、圧倒的迫力で描く歴史巨編。』

圧倒的な財力と兵力でもって奥州に攻め入る朝廷軍。
蝦夷たちはしかし、勝つために戦っているのではない。
自分たち蝦夷も、都の人たちと同じように人間であると、獣ではないのだと認めてもらうために、勝ち目のない戦を行っているのだ。

負けない戦いを。
死なない戦いを。
知略と、それを実践する武術で朝廷軍に立ち向かう蝦夷たちに、どうして感情移入をしないでいられようか。

戦略の母礼。戦術の阿弖流為。
己の技量を知り、地形を知り尽くした二人の立てる作戦は、ことごとく朝廷軍を打ち破っていくのだが、勝っても勝っても、蝦夷を対等とみなそうとしない朝廷に、和議はならず、かといって降伏するわけにもいかず、ずるずると戦いだけが続く年月。

朝廷と戦う覚悟をもって戦ってきた世代はいいが、戦いのさなかに生を受けた世代に戦いを受け継がせていっていいものだろうか。
悩む阿弖流為が出した結論に涙腺決壊@職場

戦いの結末はもうわかっているのよ。
だけど、だから、そうするしかなかった阿弖流為に、母礼に、諸絞に、伊佐西古に、猛比古に、飛良手に…。

“大事なのは自分らの蒔いた種子をいかに後世に繋げていくかなのだ。戦って死ぬ者より、生き残って種子を育てる者の方が本当は重要な存在だ。”

奥州三部作、残るは秀吉軍と戦った「天を衝く」を読まねば。



ペタしてね