
近所の個人宅のもみじ。
歩道の上に覆いかぶさるほどの赤からうっすら覗く秋晴れの空。
気がつけば11月も半分すぎました。
来月の今頃は、もう雪が降っているかもしれませんね。
本日の読書:サグラダ・ファミリア 中山可穂
カバー裏より
『将来を嘱望されながら、ある事件をきっかけに落ちぶれてしまったピアニスト響子。酒に溺れながら孤独に生きる彼女のもとに、かつて恋人だった透子が戻ってきた。ある日突然、赤ん坊を抱いて。しかし、女同士のカップルと赤ん坊の不思議な関係は、突然の透子の死によって壊れてしまう。希望を失いかけた響子の前に一人の青年が現れた―。切ない愛と新しい家族のかたちを描く、恋愛小説の傑作。』
恋愛小説は苦手だし、ピアニストとジャーナリストとの女性同士の恋愛なんて、どこからとっかかったらよいのやら…。
恋愛パートが苦手なのは、世界はふたりだけのものだから。
あー、はいはい。ようござんしたね。
とか思って、そそそ…と気持ちが後ずさる。
2歳になる桐人を残して透子が死んでから、子ども嫌いな響子が不器用ながらも桐人のことを気にかけるようになり、行方不明になっている桐人の父親の元恋人・母性本能の塊のような照ちゃん(♂)や、面倒見の良い透子の従弟・弘くんと出会い、響子の心が周囲に開かれていく辺りから、響子の心の動きにつれて物語が動き出す。
響子のパトロンである梅ばあ。
金がある時もない時も、芯のある生きざまを貫く。
今は余命いくばくもない状態で入院中であるのに、響子の復活リサイタルの時には真っ赤なバラの花束を贈り、タキシードをビシッと決めて会場に姿を見せる。
弱音を吐かずに、格好いいところだけを見せようとするダンディズム。
死に臨むときも。
私にできない生き方だけど、格好いいなあと思った。
透子の死を理解できない桐人。
理解は出来なくても、母の不在を感じている。
元々癇の強い子が、親戚の間をたらいまわしにされて、言葉にできない不安や寂しさを周囲にぶつけてはもて余され、ある日行方不明になる。
母とよく行っていた公園の隅にある木の根元。大切にしていた昆虫の死骸や、壊れてしまったおもちゃなどを埋めていた場所。そこで桐人は見つかった。
“わたしたちが走りに走って行ってみたとき、果して桐人はその木の根元にうつぶせにもたれかかり、ほとんど木を抱きしめるような格好ですうすうと寝息を立てていた。両手に小石をいっぱい握りしめ、睫毛の先には涙のあとがこびりついていた。”
この部分を読んでいたら、なぜかしら涙が出てきて困った。
小さな桐人が目に見えるようだったから。
職場読書でのこんなトラップは、本当に困るんだよなあ。