北海道のローカルコンビニ、セイコーマートでスイーツを買いました。
酪農学園大学主催の高校生パティシエコンクールの入賞作品が何種類か売っています。
私が買ったのは「ほうじ茶とずんだのムース」


ずんだの部分はかなり枝豆の食感も残っていて、甘すぎず美味しかったです。
子どもたちが小さかった頃、悪天候で外遊びのできない日が続いて退屈がピークになったころ、みんなでずんだと白玉団子を作ったことを思い出しました。
とっても楽しく作ったことで満足したのか誰もずんだを食べようとせず、私がひとりで泣きながら食べきった思い出…。(T_T)
ああ、子育てってつらい。^m^
本日の読書:群雄創世記 信玄・氏綱・元就・家康 山室恭子
カバー裏より
『武田信玄と上杉謙信の川中島合戦、倹約家の家康、毛利家の三本の矢の譬え=サン・フレッチェ・ストーリー……。講談や時代劇の戦国大名たち。彼らの姿はどこまで史実に迫るのか。伝説はいつ生まれ、だれが育てたのか。歴史学が踏み入らなかった“伝説”の世界に分け入ると、根も葉もある話の誕生の瞬間が見えてくる。力を合わせて家を守る麗しい親子愛話には、関ケ原合戦後の毛利家を取り巻く厳しい背景があったのだ。物語はここから始まる―群雄創世記。』
戦局的に大して重要なポイントではない川中島で、なぜ武田、上杉両氏は何度も戦ったのか。
戦国大名随一の領土面積を持つ北条氏は、始祖早雲以外はなぜ影が薄いのか。逆に言えば、影が薄いくせに広大な領土を治めていられたのはなぜか。
毛利家に伝わる三本の矢の譬えは、なぜ日本中に広まったのか。なぜこの家訓が必要であったのか。
家康はなぜかくも倹約を奨励したのか。
歴史学的にあまり価値がないと言われてきた書物や伝承などを読み比べることによって浮かび上がってくる、歴史の真実。
家臣や庶民を自分に引きつけるためには、自己演出や宣伝をし始めたのがちょうど戦国の頃。
宣伝するにはシンボルやキャッチフレーズがあると何かとわかりやすい。
例えばそれは、「リメンバー川中島」
この一言で家臣が一致団結するのである。
そして、義はこちらにあるのだから、当然神の加護もあるのだと、神社仏閣に願文を奉納する。
川中島で戦うというのは、両氏にとって戦意高揚になるのだ。
「俺はやるぜ!」
「俺もやるぜ!」
逆に鎌倉の鶴岡八幡宮を隠れ蓑に、じわりじわりと敵の懐に食い込んでは領土を広げ、戦わずして勝つ北条氏。
その後も宗教をうまく使い、慈をもって領土を治める慈悲の人・北条氏。
戦わないから目立たないが、武威を看板にしない善政は確実に領土を広げていったのだ。
そして、大内氏と尼子氏という2大大名に囲まれた小大名の毛利氏が、いかに勢力を拡大していったか。
そこに三本の矢はどう係わってくるのか、サン・フレッチェ・毛利。
このエピソードが一番分量も多く、読ませるものとなっている。
家康の倹約令も、秀吉との関係から読み解くと、江戸幕府の性格というものが見えてくる。
ライトな文体でさらりと書かれているが、大量の書物を読みこまなければこのような分析はできない。
もっとほかの大名の分析も読んでみたいと思う。
酪農学園大学主催の高校生パティシエコンクールの入賞作品が何種類か売っています。
私が買ったのは「ほうじ茶とずんだのムース」


ずんだの部分はかなり枝豆の食感も残っていて、甘すぎず美味しかったです。
子どもたちが小さかった頃、悪天候で外遊びのできない日が続いて退屈がピークになったころ、みんなでずんだと白玉団子を作ったことを思い出しました。
とっても楽しく作ったことで満足したのか誰もずんだを食べようとせず、私がひとりで泣きながら食べきった思い出…。(T_T)
ああ、子育てってつらい。^m^
本日の読書:群雄創世記 信玄・氏綱・元就・家康 山室恭子
カバー裏より
『武田信玄と上杉謙信の川中島合戦、倹約家の家康、毛利家の三本の矢の譬え=サン・フレッチェ・ストーリー……。講談や時代劇の戦国大名たち。彼らの姿はどこまで史実に迫るのか。伝説はいつ生まれ、だれが育てたのか。歴史学が踏み入らなかった“伝説”の世界に分け入ると、根も葉もある話の誕生の瞬間が見えてくる。力を合わせて家を守る麗しい親子愛話には、関ケ原合戦後の毛利家を取り巻く厳しい背景があったのだ。物語はここから始まる―群雄創世記。』
戦局的に大して重要なポイントではない川中島で、なぜ武田、上杉両氏は何度も戦ったのか。
戦国大名随一の領土面積を持つ北条氏は、始祖早雲以外はなぜ影が薄いのか。逆に言えば、影が薄いくせに広大な領土を治めていられたのはなぜか。
毛利家に伝わる三本の矢の譬えは、なぜ日本中に広まったのか。なぜこの家訓が必要であったのか。
家康はなぜかくも倹約を奨励したのか。
歴史学的にあまり価値がないと言われてきた書物や伝承などを読み比べることによって浮かび上がってくる、歴史の真実。
家臣や庶民を自分に引きつけるためには、自己演出や宣伝をし始めたのがちょうど戦国の頃。
宣伝するにはシンボルやキャッチフレーズがあると何かとわかりやすい。
例えばそれは、「リメンバー川中島」
この一言で家臣が一致団結するのである。
そして、義はこちらにあるのだから、当然神の加護もあるのだと、神社仏閣に願文を奉納する。
川中島で戦うというのは、両氏にとって戦意高揚になるのだ。
「俺はやるぜ!」
「俺もやるぜ!」
逆に鎌倉の鶴岡八幡宮を隠れ蓑に、じわりじわりと敵の懐に食い込んでは領土を広げ、戦わずして勝つ北条氏。
その後も宗教をうまく使い、慈をもって領土を治める慈悲の人・北条氏。
戦わないから目立たないが、武威を看板にしない善政は確実に領土を広げていったのだ。
そして、大内氏と尼子氏という2大大名に囲まれた小大名の毛利氏が、いかに勢力を拡大していったか。
そこに三本の矢はどう係わってくるのか、サン・フレッチェ・毛利。
このエピソードが一番分量も多く、読ませるものとなっている。
家康の倹約令も、秀吉との関係から読み解くと、江戸幕府の性格というものが見えてくる。
ライトな文体でさらりと書かれているが、大量の書物を読みこまなければこのような分析はできない。
もっとほかの大名の分析も読んでみたいと思う。