たいてい2週間に1回のペースで図書館へ向かいます。
図書館と言っても私が向かうのは、予約した本を受け取るカウンターだけのサービスセンターなんですが。

昨日もいつも通り仕事終わりに図書館へ向かいました。
豊平川の花火大会の日ということもあり、浴衣を着た人がそぞろ歩く中をつられてそぞろ歩いていた時に目に入ったのが丸善。

「暑いなー。こんな日に丸善に入ったら、檸檬爆弾のひとつやふたつ置いてみたくなるよなー」
なんて思いながら信号待ちをしていたら、欲しい本があったのを思い出してしまい、ふらふらと丸善に吸い込まれてしまいました。(檸檬不携帯)

無事本を手にして外に出ると、そこはまたゆらゆらと陽炎が立ちそうなくらい暑い街。
しかしせっかくの夏です。
地下ではなくて地上を歩くのだ。
大通公園めざして、レッツ・ゴー!

駅前通りを札幌駅から大通公園に向かう時、私はいつも西側の歩道を歩くのですが、丸善からそのまま東側の歩道を歩いて行ったのですね。
反対側の歩道を歩くだけで、見える景色って違うもんだなぁ。

てくてく。

てくてく。

てくてく。

着かない。

行く先にSTVの看板が見えてきてようやく気付く。
間違えた!
南へ向かわなければならないところを西に向かって歩いていました。

でもね、丸善を出た時に私は確かに大通公園の先にあるビルの壁面温度計を見たんですよ。
で、そちらに向かって歩き出したはずなんですけど、どこで方向が90度変わったのかわからない。

もしかしたら私が歩いていた札幌の街は、狸が化けた札幌だったのかも。  
『狸deはしご酒』まではあと1ヶ月あるけど、フライング狸に化かされましたね。
なんて考える有頂天な夜。^m^

『狸deはしご酒』
札幌狸小路商店街を舞台に、チケット綴りでお店を巡ってお酒と料理を堪能できるイベント
今年は8月23日~27日
前売りチケットも好評発売中です←まわしものじゃないよ


本日の読書:終戦のエンペラー 陛下をお救いなさいまし 岡本嗣郎

カバー裏より
『第二次大戦終結後、天皇の戦争責任が問われる中、連合国軍最高司令官マッカーサーに天皇不起訴を進言する覚書を提出した副官ボナー・フェラーズ。その際、彼が助言を求め、信頼した人物のひとりが河井道だった。敬虔なクリスチャンである河井は、平和を志す女子教育に情熱を傾ける教育家だった。戦後日本がたどる道を決定づけた二人の、運命的な出会いと絆を描くノンフィクション。』

「終戦のエンペラー」
映画を観たのは2年前の夏です。
そしてこの本を買ったのは昨年の夏。ナツイチ2014の中の1冊でした。
今年、ようやく読み始めたのですが。

映画とは全然違いました。

映画では、マッカーサーの意向を受けた日本通のボナー・フェラーズが、東条英機や近衛文麿と会って話を聞きながら、開戦時の実態を探るという話でした。
ちょっとしたロマンス部分はフィクションとしても、軍や政府の高官たちを訪ね歩くところは事実に即しているのだろうと思って見ていました。

原作と言われるこの本は、ほぼ河井道について書かれています。
新渡戸稲造に師事し、やる気だけで恵泉女学園を創り、運営してきた女性河井道。
札幌農学校の教授時代、隣接するスミス女学校へ出張授業に出向いた新渡戸稲造は河井道の才能を見抜き、 河井道はまたその期待に応えるべくクリスチャンとなり、アメリカ留学も果たします。

当時クリスチャンで、アメリカで生活した経験を持ち、女子教育を志す日本人などそうそういませんから、知り合いの知り合いは皆知り合いっぽい感じで、フェラーズと河井道は知りあいます。
ロマンスはありません。年齢差もさることながら、フェラーズは結婚していますから。

フェラーズが日本を知るきっかけになったのは小泉八雲の本です。
小泉八雲の著作140冊を全て読んだというくらい、八雲に傾倒していたフェラーズは、対日本戦で日本人の心を知る者として心理作戦を実行していきます。

飛行機から大量のビラをまきますが、絶対に天皇の悪口は書かない。
この戦争は天皇の望むところではないと書き、降伏した者は丁寧に扱われるとして、捕虜の収容施設の食事風景などの写真を撒きます。
戦争の現実を隠す日本軍に対し、事実をビラでまき続けるアメリカ軍。
ビラを拾った者は重罪になるので、表立っては誰もビラを見ることはできませんが、徐々に日本人の戦意は喪失していったのだそうです。
だって自分に事実を話そうとしない人のことを、人は信頼できませんよね。

そして終戦。
天皇に戦争責任はあるのか、ではなく、最初から、天皇には戦争責任はない、という立場でフェラーズは動きます。

実際問題として、たかだか民間の女性の一言で天皇が救われたとは思えませんし、時系列があちこちに飛ぶので、全体的に何が書きたかったのかよくわかりませんでした。
いや、河井道の伝記として読むのなら、これでもよかったのかもしれませんが。

河井道は確かに興味深い女性で、戦前から「親に対してもNO!とはっきり言える女性」になるように教育していましたし、戦争中も御真影を飾らなかったりとか、かなり意志のはっきりした女性です。
でも、天皇という存在は無条件で信じていました。敬愛していました。
それが時代の限界だったのかもしれません。

付箋はたくさん貼りましたが、私が読みたかったのは、映画「終戦のエンペラー」の原作です。
そういった意味では、期待外れの本でした。
けれど、考えさせられることはたくさんありました。

“「人間は真理をつかみ、善悪をわきまえ、美しいものに感動できれば十分です。だから真善美だけを教え、神様を悲しませる神の子同士の殺し合いを奨励する戦意高揚の品は置きません」”(河井道)

“「下手だから、恥ずかしいからと、躊躇したり、断ったりするのは謙遜ではありません。何事も最善をつくせばいいのです。断る方が楽かもしれないけれど、失敗して人に笑われたくないと思う心は傲慢です」”(河井道)

“おまけに日本人は後退とか撤退の守備計画を決定的に軽視する。そもそも彼らはそういう事態が起きることを最初から認めない。作戦計画に無理や欠点があっても、最初の計画を何がなんでも貫こうとする。指揮官の命令は不変である。”(フェラーズの分析)

“「天皇は権威の象徴である。国民が最大の敬意を払うのは天皇であり、天皇以上に国民から愛着を持たれる者はこの国には存在しない」”(フェラーズの分析)

“「日本人は耳から入ったものより、目から入ったものの方をよく記憶している。それは多分、自らの胸の思いを生き生きと日記に書くという並はずれた熱心さの国民性のせいである」”(フェラーズの分析)

“もしソ連参戦を日本政府が最初に国民に知らせたら国民の士気を高めることになるかもしれない。しかしそれを私たちが最初に知らせたら日本国民の心理的打撃ははかり知れない”(フェラーズ報告書)

実際に開戦に踏み切った責任は誰にあるのか、私にはわかりません。
この本では、天皇は最後まで開戦に反対であったとしています。
でも、天皇の名で開戦を指示したのなら、それは「知らなかった」ですまされないのではないかと思います。
天皇でない者が、天皇の名を騙って命令を出すということは、あり得ないのではないでしょうか。
天皇は独裁者ではなく、議会で決定されたことに対して承認しただけ。議会の決定に対して異を唱えたことなどない。ということなら余計に、開戦の時だけ天皇に知らせずに周囲が暴走する必要はないように思います。

そして私がずっと引っかかっているのが、2.26事件の時の天皇の激怒ぶりです。
側近たちが縮みあがったというくらい、最初は2.26事件の首謀者たちに「よくやった」と声をかけていた陸軍の将軍たちが、天皇の怒りのすさまじさを見たあと手のひらを返して軍事裁判で死刑を宣告したくらい、激しい人だったのではないですか?

こうあってほしいという希望ではなく、事実を淡々と書いてほしかったと思います。

そして、映画はハリウッド製作のアメリカ映画です。
なぜ、この本がアメリカで映画化されたのか。
プロデューサー(日本人)は、「アメリカの占領政策は、日本でしか成功しなかった。他の国ではすべて失敗しているのに、日本でだけ成功した理由をアメリカ人に考えて欲しかった」と言っています。
他国の文化を尊重すること。

アメリカでは全く評判にならなかったようですが、私はすばらしい映画だと思いました。
特に俳優さんたちが、本当に本人に見えてしまうくらい迫真の演技で。
マッカーサーだけはちょっと宇宙人に見えましたが。
この惑星の住人を観察に来たんかい!と。(笑)

それはともかく、機会がありましたら是非一度、この映画をご覧になってみてください。
終戦直後の焼け跡の風景とか、苦悩する近衛文麿(中村雅俊)とか、東条英機(日野正平)とか、昭和天皇(片岡幸太郎)とか、本当に素晴らしいです。