昨日、近所の本屋さんでサイン会が行われました。
舘浦あざらしさんの『函館本線へなちょこ旅』
札幌から函館までをつなぐ函館本線に沿って、歩いて旅をする。
その行程を面白おかしく、そして暖かい交流をまじえて、本人のイラスト共に書かれた記録。

私は存じ上げなかったのですが、北海道でラジオのパーソナリティをなさっているそうで、ファンの方たちが数人著者の到着をお店で待っていました。

面白そうな本だなあと思い、読む時間もないのに購入。
読む時間はないけれど、買えば読みたくなるのが人情。
ぱらぱらめくってみると、函館までではなく、余市(マッサンの舞台になったとこ)までしか書いてない。
続きは、これが売れなければ出版されないということなの?

双葉文庫さん、そこは函館まで出版してよ。
私買うからさあ。
へなちょこ上等。応援しようよ。
札幌のみなさ~ん、見かけたら買ってあげて~。






先週から10さんが北海道に出張に来ているのです。
小樽の隣、赤井川村だって。
今朝、洗濯ものを持ってうちにやってきました。
乾くまでの間家でゴロゴロしていましたが、お昼はラーメンを食べに行きました。

ラーメンブログをやっている同期に見せるために、写真をぱしゃり。
塩ラーメンなので麺が細めですが(なんでだろう?)、スープがとてもおいしかった。
夕方、乾いた洗濯ものを持って10さんは出張先へ戻って行きました。
ご苦労さま。


先日実家から譲り受けた本のなかに、子どものころ読んだ本が数冊入っていましたが、黒岩涙香の「死美人」を見つけて狂喜乱舞。
ストーリーは全然覚えていないんだけど、タイトルが強烈で、数か月前思い立って青空文庫で読もうと思ったの。
そうしたら、ないのよ。「死美人」
誰にも言っていなかったんだけど、無念でしょうがなかった。
読みたかったなぁ~って。

晩ご飯を食べながら読み返してみたけど、やっぱり今読むとおどろおどろしいとは言えないし、犯人は救想像つくし、何よりフランスが舞台なのに主要人物たちの名前がみんな日本人だし、突っ込みどころが満載だけど、面白かった。
善も悪も変装して騙し合う。
展開は読めるんだけど、だからこそ安心して読めるというか。
うん。読めて満足。明治の探偵小説。


本日の読書:逃げてゆく愛 ベルンハルト・シュリンク

カバー裏より
『最愛の妻を亡くした後、見知らぬ男から妻に届いた不審な手紙の謎を探る「もう一人の男」。残された一枚の絵を手がかりに、息子が父親の暗い過去をたどる「少女とトカゲ」。ドイツ人青年とユダヤ系アメリカ人女性の恋を描いた「割礼」。ほかに「ガソリンスタンドの女」「甘豌豆」など、さまざまな人生の悲喜劇、男と女のスリリングな愛の局面が繰り広げられる。長い余韻を残す、七つの物語。』

男女の愛の物語もある。
家族ぐるみの友情の物語も。
でも、やっぱり戦後のドイツの抱える傷跡が、その痛みが、どうしても強く前に出てくる。

特に「割礼」
ひとりの人間としてであって恋に落ちた二人が、互いの家族と会い、故郷を訪れ、社会的な付き合いを深めるとともに生まれる、互いのバックボーンへの不信感。
ドイツ人がユダヤ人にしたことは許されることではないが、それは、今僕が責められなければならないことなのだろうか。
彼女の悪気のない一言が、彼を息苦しくさせていく。
彼女を失わないために彼がした決断と、その結末に唖然。

亡くなった妻の、自分が知らない一面を探る「もう一人の男」
自分勝手で、3人の女性の間でうまいことやっていると思っていた男が、すべてを捨てようとした時に忽然と浮かび上がる女のサイドの物語が怖ろしい「甘豌豆」
確かに二人の間の愛情が消えたことを知りながら生活を続け、再び愛が生まれることがあるのだろうか。やり直すとしたら、どこからなのだろう。「ガソリンスタンドの女」

ひとつの人生を、違う角度から見た時の落差が冷徹で、いいわけが許されない。

愛情の、愛が無くなったらそこで関係が終わってしまうのが欧米の夫婦観だとしたら、愛が無くなっても情で繋がることができてしまうのが日本人なのかと思ったり。
そう思っているのが私の方だけだとしたら、結構困ったことになるなと思ったり。