今週のわたくし、吉のハットトリックでっせ。
どうです?(* ̄Oノ ̄*)オホホ
今週の私は無敵だね。

職場でこれを見せびらかしていたら、「吉はハットトリックでも、凶がないとはどこにも出てませんよ」と言われた…。
吉の後ろに潜む凶の影…。
今週もおとなしくすることにします。

あ、たなくじっていうのは、朝6時55分からEテレでやっている5分間番組『0655』で、毎週月曜日にやっているコーナーなのさ。
テレビに向かって携帯カメラのシャッターを切る。
その時に出ていたお言葉が、一週間の運勢。

ちなみに先週は「告白したら吉」だったんですけど、告白する相手も、告白する内容もなかったので、全然ありがたくなかったです。
それに引き換え今週は、なにもしなくても吉が保障されている。
それだけでもすばらしいことではないですか!
宝くじはどこで買えばいいんですの!?


本日の読書:69 sixty nine 村上龍

カバー裏より
『1969年。安田講堂事件が起き、東大は入試中止。アポロが月に行き、ビートルズが「アビーロード」を、ローリング・ストーンズは「ホンキー・トンク・ウイメン」をリリースした。ベトナム反戦運動が高まり、基地の町・佐世保で、僕は高校をバリケード封鎖した―。明るく楽しく生きる青春のエネルギーに満ちた日々を描いた永遠の古典。』

これ、すでに古典扱いなんですね。
でも私も、これは過去の物語だなあと強く思いました。
今、こんな高校生ってどこにもいないと思う。

東京や京都など、都会では学生運動や階級闘争が激烈を極めていたとき、長崎の佐世保に住む僕は、ジャズやロックを聞き、バンドをやり、映画を観たり、哲学書などもかじりつつ、政治活動からは要領よく距離をおいていた。

頭の回転が速く、発想力に優れた僕は、片田舎の佐世保で何か大きなことをやろうと、フェスティバルを企画する。
芝居あり、映画あり、ダンスあり、バンドあり。
若者たちが企画して、若者の力だけで運営し、若者が楽しむフェスティバル。

憧れの美少女にフェスティバルに参加してほしくて、なんとか気を引こうとしてやったことが高校のバリケード封鎖。

戦争を経験した大人がすぐ身近(学校の先生など)にいて、なおかつ米兵がこれ見よがしに新しい文化を引っ提げて街中を闊歩している、あの時代の佐世保。
自由に対する憧れと、慣習に対する嫌悪は今の時代以上だったろう。一部の人たちには。

高校をバリケード封鎖した挙句、ペンキで学校中にいたずら書きをした僕たち。
それを翌朝見つけた一般の学生たちは、せっせと落書きを消し始める。

“メガネでチビで出歯で十七歳のくせに白髪のある生徒会書記長、お前は母校の玄関に落書きされたくらいで泣くのか?この高校はお前の神殿か?だがこのての人間が恐いのだ。ものごとを信じやすい。”

一つ一つ問題を解決しながら、僕たちはフェスティバルに向けて動き出す。

“アダマは、1960年代の終わりに充ちていたある何かを信じていて、その何かに忠実だったのである。その何かを説明するのは難しい。
 その何かは僕達を自由にする。単一の価値観に縛られることから僕たちを自由にするのだ。”

今、こんな高校生っているのだろうか?
先生になぐられても、警察に捕まっても、他校の番長に脅されても、自由を謳い、青春を謳歌する。
そんな余力、ある?

今、当時の熱い時代を生きていた人たちはどこに行ってしまったんだろうか?
単一の価値観に縛られることを、何よりも嫌っていた人たちは。