今日は朝からお天気がよかったので、お昼前にふらりとセカンドハウス(物置)まで行ってきて、先日実家から譲り受けた本の整理をしてきました。

16箱もあってどうしようと思ったのですが、いざ開けてみると、あれれ?
確かに16箱は多すぎると思ったんですよ。
だって全38巻の全集が2セット。76冊です。
それが16箱に入っているとなると1箱あたり…誰か計算してください。
φ(.. )
1箱あたり5冊以下です。

そんな計算はあとでしました。
実際は「なんか箱多いなあ」くらいの気持ちで開けたのです。
そうしたら、出るわ出るわ。
話に出てこなかった児童書が、これでもかと。

懐かしいし嬉しいのですが、さすがにもう読まないです。
でも、古すぎて、何度も読んだからボロボロすぎて、棄てる以外にどうしようもない。
今どき『アンクルトムの小屋』なんて、読まれないんですってね。
棄てるには忍びないのですが、棄てるしか方法が見つからず、とりあえず今回は棚上げ。
子どものころ読んでいた歴史の本と百科事典は生かすことにしました。
とはいえ歴史も、今となっては大きく変わってしまってるんですけどね。




ずらっと並べたら壮観です。
物置に置いておくのはもったいないほど。
本気で読むのは退職後の楽しみに取っておくとして、空気の入れ替えに来た時くらい短編をちらちら読もうと思っています。

ちなみに4冊セットの日本の歴史は、小学生のころ学校にある伝記を全部読んだので、「昔の偉い人の話をもっと読みたい」と言ったら歴史好きの父が買ってくれたもの。
思っていた本とは違ったのですが、今の私の歴史好きはこの本から始まったといっても過言ではありません。





じつは結婚後も私がずっと持っていた「魯迅」の巻。
この中の「阿Q正伝」を読みたくて、中学校の入学祝にこの全集をおねだりしたのでした。
文庫本で読めることに気がついたのは高校生になってから。
高い買い物させてすまぬ。両親よ。
しかし日本文学全集はねだらなかったからね。




小学生のころにいきなり我が家にやってきた百科全集。
特に12巻の『文学』と別巻の『世界の偉人』は何度も何度も通しで読みました。
それ以外の巻はコラム中心に読んでいました。

空気の入れ替えを兼ねて1時間ほど滞在。(作業自体は30分ほど)
猛烈に読書熱が高まったはずなのに、家に帰ったらやっぱり昼寝。
物置読書の方が進むのかも。
日が長いので、長時間読めるしね。


本日の読書:日本料理と天皇 松本栄文

Amazonより
『世界無形文化遺産に登録され、世界から注目が集まっている「和食」。
その原点は宮廷文化そのものであり、舞台は京都でございます。
従来の日本料理に関する書籍は、千利休が考案されました「懐石から懐石料理に至る話」を主体としたものや、
足利将軍家が確立した「本膳料理」を原点としたものなどは多種多彩に述べられておりますが、
そもそもの原点となる「宮廷文化の節会、そして神饌のつながり」については、あまり書かれておりません。
そこで、食品学者の松本栄文が先祖代々受継いできました史実と逸話を元に、宮廷文化が育んだ食文化の歩みを、この一冊に込めます。

稲作と日本人/御餅と正月
御節料理の原点は宮中の節会に始まる/五節句と雑節
藤原摂関家の大臣大饗/神社神饌にみる節会の原風景
庖丁式に込める清めの精神/宮廷庖丁人から武家庖丁人へ
大臣大饗から武家の本膳料理
本膳料理が出会った禅宗の価値観
千利休の詫び寂び/懐石から懐石料理へ
御禁裏御用の食材の話(味噌、醤油、米酢、茄子、小豆、柚子、宇治茶、京麩、酸茎など)』

大きくて重たい本なので、休みのうちに読めてよかった。

日本料理の原点は、とにかく御米。
そのため、天皇家の主な仕事というのは五穀豊穣を神に祈ることだった。
そんな天皇家と日本料理のかかわりについて書かれた本。
最近話題のドラマとは、全くの無関係。

古来、大御宝(おおみたから)という言葉は国民のことを意味していた。
国民あっての国であると。
国民の安心安寧を祈願するということ、これすなわち五穀豊穣を願うこと。

まず最初に紹介されるのが、神饌(しんせん)。
神さまに捧げる食事。
神事ごとに捧げられる食事内容も、食器も、盛りつけ方もすべて決まっています。
奈良時代から。

仏教の影響で、雉肉以外の肉はなく、魚と野菜と海藻の食事。
油を使うこともほとんどなかった日本では、生(刺身)か、焼くか、漬物か、塩辛(烏賊だけではなく)。
調理後に塩や醬、酢などで味をつけながら食べるスタイル。
素朴です。でも、その時その時、一番良いものを神様にお供えしているのです。

食器は、土器(かわらけ)。
大名や大商人が漆塗りの豪華な食器を使って食事をしている時代になっても、神様の食器は土器。
それは、使い捨てる物だから。
新しいを食器を神様に使っていただき、そのあとは捨てて、また次の食事の時には新しい食器を使っていただく。

神事の時の天皇の食事は、ほぼ神様と同じものだったそうです。(今はどうなんでしょう)
御米が大事だったからこそつくられた白みそ。(米麹で造る)
白みそ、丸もち(神さまの依り代である鏡を表わす)を使った雑煮。
小豆粥に七草粥。草餅と菱餅。素麺に土用餅(あんころ餅みたいなもの)。
一つ一つに意味があり、神様と大御宝への祈りがある。

旧暦の節分はお正月の前にありました。
今は鬼に向かって豆を投げつけますが、本来は桃の弓で葦の矢を射っていたそうです。
そ、それって…桃太郎伝説の元なのか…?

もともと神様にお供えしたものを、まず天皇がいただく。
天皇から臣下へふるまわれる。
祝いの膳というのはそういうものだったのが、時が下り武士の時代。
家臣が殿をお迎えして食事をもてなす。
このころから、今の日本食の御馳走に近くなってきます。
武家の食事=本膳料理、公家の食事=有職料理

そして茶道の隆盛により、お茶を美味しく喫するための食事「懐石」が千利休に考案され、お茶より酒や食事を主眼に置いた「懐石料理」へと和食は変わってきました。
懐石=茶懐石、懐石料理=京懐石

宮中で料理を司る人のうち、階級をもっている人を「包丁人」、階級のない人を「料理人」と呼ぶ。
包丁式=食材は生き物の死骸であり、それをそのまま食すことは野蛮極まりない行動であるため、死骸を清めることで食べ物へと変化させる儀式

明治維新のあと、政府から宮廷の正式な食事はフランス料理と決められ、また神社についても世襲を禁止されたことから日本料理の危機が訪れたのだそうですが、明治天皇の口添えにより日本料理や神社の在り方が多少元に戻ったそうです。

最後に『古事記』から「宣化天皇の詔」
食者(クヒモノ) 天下之本也(アメノシタモト) 黄金萬貫(コガネヨロヅハカリ) 不可療飢(イヤスイヒウエ)
(どんな黄金があっても、飢えを満たすことはできない。食べ物こそが世界の根本にある)