明日の夜、10さんが来るそうです。
「7時くらいに着くからさ」
あー、私たぶんいないわ。
「なんで?こんな時期に出張?あ、飲み会か?」
歯医者でふ。
そんなわけで、明日も打ちひしがれてブログの更新を出来ない可能性がかなりあります。
明後日は多分、通院直後にはもうお医者さんの言いつけを忘れる10さんに付き合わされて、飲んでしまう可能性が大なので、ブログの更新を出来ないかも。
土曜日は午前中の飛行機に乗って、Wi-Fi圏外の10さんの実家へ。
日曜の夜遅くに札幌に帰ってきますが、多分疲れ切っていると思われ。
月曜日は職場の送別会です。
皆さんしばらく会えないかもしれませんが、よい年度末を~。
(^-^)ノ~~
とか言って、毎日何らかの手段を使って更新してそうなんだよね。(^^)v
本日の読書:大雪山讃歌 高澤光雄
帯より
『大雪山山系を訪れたのは八十七回。延べ日数は二百日を超える。六十五年間にわたり綴った大雪山「讃歌」二十五編を収録』
職場に縁のある方よりご寄贈いただきました。
私の父と同じ年齢で、昨年もヨーロッパアルプスに行かれたり、松浦武四郎の功績について講演されたりと、精力的に活躍なさっています。
職場に縁がある方でしたので、エピソードの中に今はもう退職されてしまった先輩諸氏のお名前も見られましたし、名前はありませんが裏方として私が関わった仕事についても、ちょっとだけ記されていました。
大雪山というのは、一つの山の名前ではありません。北海道の中央部にある火山群を総称して大雪山といいます。
だからいろんな山をいろんなルートで登ることができるわけで、87回の登山といっても87回同じ山に登っているわけではないんです。
昭和25年の大雪初登山の思い出から始まり、数多くのエピソードが書かれていますが、どれもついこの間の出来事のように天候や植生、その時に食べたもののことなどが克明に記されています。
道に迷ったこと、熊に出会ったこと、腰まで雪に埋まったこと、川の氾濫に巻き込まれそうになったことなど、どれも大変な出来事であったろうと思いますが、あくまでも淡々とした筆致で描かれていますから、私のような山の素人よりも、実際に登山を趣味としている方のほうが、言葉には書かれていない思いを汲み取ることができるのではないでしょうか。
ご自身の登山行だけではなく、江戸時代に蝦夷地を探検した近藤重蔵や最上徳内、北海道の名付け親である幕末から明治にかけての探検家・松浦武四郎の頃の登山について、また、大雪山の中にある桂月岳の名前のもとになった大正時代の詩人・歌人・評論家であるところの大町桂月の登山についても記されています。
軽くて温かくて便利な最新の装備をしていたとしても、登山なんて辛くて大変なことを私はしたいと思いませんが、大町桂月の登山時のスタイルがすごいです。
和服に草履。それにリュックを背負って杖ついての登山です。写真を見ると当時の女性も和服で登山をしています!なぜそうまでして山に登るのか。
「富士山に登って、山岳の高さを語れ。大雪山に登って、山岳の大きさを語れ」
これは大町桂月の言葉。
でっかい北海道の真ん中にある山々。それが大雪山なのです。
昭和48年9月に4日間かけて大雪山を遡行した時のメンバーの中に、私のゼミの担当教官のお名前がありました。
山男だとは存じ上げなくてびっくりしました。でも、肩書からして先生に間違いないはず。
思いがけなく懐かしいお名前を見つけたこともあり、登山とは無関係なはずの私も少し思い出に浸ったりもしました。
Amazonから紹介文を引っ張ってこようと思ったのですが、見つけられませんでした。
地方の出版社の本だからしょうがないのかなと思ったら、奥付を見ると5月発行の本でした。
うちの職場の山親父山男・山ガールがむずむずしはじめる青葉のころに出版されます。
「7時くらいに着くからさ」
あー、私たぶんいないわ。
「なんで?こんな時期に出張?あ、飲み会か?」
歯医者でふ。
そんなわけで、明日も打ちひしがれてブログの更新を出来ない可能性がかなりあります。
明後日は多分、通院直後にはもうお医者さんの言いつけを忘れる10さんに付き合わされて、飲んでしまう可能性が大なので、ブログの更新を出来ないかも。
土曜日は午前中の飛行機に乗って、Wi-Fi圏外の10さんの実家へ。
日曜の夜遅くに札幌に帰ってきますが、多分疲れ切っていると思われ。
月曜日は職場の送別会です。
皆さんしばらく会えないかもしれませんが、よい年度末を~。
(^-^)ノ~~
とか言って、毎日何らかの手段を使って更新してそうなんだよね。(^^)v
本日の読書:大雪山讃歌 高澤光雄
帯より
『大雪山山系を訪れたのは八十七回。延べ日数は二百日を超える。六十五年間にわたり綴った大雪山「讃歌」二十五編を収録』
職場に縁のある方よりご寄贈いただきました。
私の父と同じ年齢で、昨年もヨーロッパアルプスに行かれたり、松浦武四郎の功績について講演されたりと、精力的に活躍なさっています。
職場に縁がある方でしたので、エピソードの中に今はもう退職されてしまった先輩諸氏のお名前も見られましたし、名前はありませんが裏方として私が関わった仕事についても、ちょっとだけ記されていました。
大雪山というのは、一つの山の名前ではありません。北海道の中央部にある火山群を総称して大雪山といいます。
だからいろんな山をいろんなルートで登ることができるわけで、87回の登山といっても87回同じ山に登っているわけではないんです。
昭和25年の大雪初登山の思い出から始まり、数多くのエピソードが書かれていますが、どれもついこの間の出来事のように天候や植生、その時に食べたもののことなどが克明に記されています。
道に迷ったこと、熊に出会ったこと、腰まで雪に埋まったこと、川の氾濫に巻き込まれそうになったことなど、どれも大変な出来事であったろうと思いますが、あくまでも淡々とした筆致で描かれていますから、私のような山の素人よりも、実際に登山を趣味としている方のほうが、言葉には書かれていない思いを汲み取ることができるのではないでしょうか。
ご自身の登山行だけではなく、江戸時代に蝦夷地を探検した近藤重蔵や最上徳内、北海道の名付け親である幕末から明治にかけての探検家・松浦武四郎の頃の登山について、また、大雪山の中にある桂月岳の名前のもとになった大正時代の詩人・歌人・評論家であるところの大町桂月の登山についても記されています。
軽くて温かくて便利な最新の装備をしていたとしても、登山なんて辛くて大変なことを私はしたいと思いませんが、大町桂月の登山時のスタイルがすごいです。
和服に草履。それにリュックを背負って杖ついての登山です。写真を見ると当時の女性も和服で登山をしています!なぜそうまでして山に登るのか。
「富士山に登って、山岳の高さを語れ。大雪山に登って、山岳の大きさを語れ」
これは大町桂月の言葉。
でっかい北海道の真ん中にある山々。それが大雪山なのです。
昭和48年9月に4日間かけて大雪山を遡行した時のメンバーの中に、私のゼミの担当教官のお名前がありました。
山男だとは存じ上げなくてびっくりしました。でも、肩書からして先生に間違いないはず。
思いがけなく懐かしいお名前を見つけたこともあり、登山とは無関係なはずの私も少し思い出に浸ったりもしました。
Amazonから紹介文を引っ張ってこようと思ったのですが、見つけられませんでした。
地方の出版社の本だからしょうがないのかなと思ったら、奥付を見ると5月発行の本でした。
うちの職場の