どうしたものか私、医療従事者の方たちに「頑強」と思われている節があります。
本当は「虚弱」なんですよ。
でも、きっと「頑強」に見えてるんだろうなあ。
やけに看護学生さんや実習生や新人さんにあたるのです。
子どものころから数えると、結構何人も。
2年前の人間ドックでは、痛くなるはずのないエコー検査(超音波検査)で、ぐぉりごりやられて泣きそうになった上に、「息を止めて~」の後に「息を吐いて~」って言ってもらえずに死にそうになりました。
いや、いいんですよ(よくないけど)。
誰もが初めての時はへたくそなんです。
私のちょっとした我慢が、医療の充実につながるのなら、喜んでこの身を捧げましょう。
ただし、痛くない範囲でね。
というわけで、昨日、薄々お気づきの方もいらっしゃるかと思いますが、歯医者さんで出会ってしまったの。新人さんに。
昨日は「ちょっと治療に時間がかかりますから、早めに来てください」と言われていたので、職場を早退して行きました。
そして先生、いきなり麻酔の注射をいたします。ちく。
「麻酔が効き始めるまでの間に、型をとりますからね」
歯科技工士さんが来て型をとるのですが、口の中にトレイを入れるのがまず痛い。
何度も何度もいろんな大きさのトレイを入れては出し、入れては出し、ようやく型をとったと思うと、「すみません、うまくとれなかったのでもう一度お願いします。」
そして最初からいろんな大きさのトレイを入れては出し、入れては出し。
トレイの大きさはさっきのと同じでいいのでは?(涙)
そして今度は下の型をとります。
何度も大きく口を開けさせられて、多分口の端が切れています。だって痛いもの。
だけど、なんだか口の中もチクチク引っかかるように痛いのよ。
我慢しているんだけど、体がぴくんと反応してしまうのは如何ともしがたい。
結局先生が再登場して、麻酔を増量してくれました。これで、まあ何とか我慢はできますが。
下の型。一回目失敗。
再び最初からやり直しの二回目。失敗。
「あのぅ、もう一度やり直したいんですけど、お時間ありますか?」
あるよ。早退してきたくらいだからね。
涙目で「あが(はい)」とうなづく。
三回目は先輩技工士さんでした。
「こういうふうに下から掬うようにトレイを入れる。そうしないと痛いから。」だからか!
「ここにこうやって薬剤を塗る。じゃないと分離するから。してた?」「いいえ」だからか!
「口から結構出血しているので、血止めのお薬塗っておきますね」
なんだと!?Σ(=°ω°=;ノ)ノ
「じゃあ次回は少し治療にお時間がかかりますから、早めにいらしてくださいね」
結局今回は型取りだけで治療なしかい!!!
家に帰っても麻酔のせいか口の中がしびれていて、食欲もなかったので、そのまま居間のソファで寝てしまいました。
電話があったから起きましたけど、精神的疲労がハンパなく、早々にお布団へ。
今朝、それまでなかったはずの口内炎を3個ほど見つけました。
痛くないうちに行った歯医者さんで毎回めっちゃ痛い思いをさせられるのは、一体何の罰なのでしょう。
とりあえず悔い改めますから、もう許してください。。
・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。
本日の読書:日はまた昇る アーネスト・ヘミングウェイ
カバー裏より
『第一次大戦後のスペインの祭礼週間を背景に、戦争で性的不能におちいった主人公ジェイクの爆発する情熱、淫蕩な女主人公ブレットと若い闘牛士との灼熱の恋、彼女を恋する男たちの狂躁などを、簡潔な単語、短文を主にした吐き捨てるようなハードボイルド・スタイルの文体で描く。明るい南国の陽光のもと、虚無と享楽の淵にただよう“失われた世代”の生態を描破した初期の代表作。』
第一次世界大戦の戦場はほぼヨーロッパだったため、出征した兵士たち以外はあまり戦争を実感することなく戦争を終えることになる。
主人公のジェイクをはじめとして、多くのアメリカの若者が戦後をヨーロッパ(特にパリ)で無目的に過ごしている。
毎晩毎晩酒を飲み、何者かになろうとしながらなれずにいる。
アメリカは国土が戦場になっていないから、主人公たちが(作者が)生と死の淵ギリギリのところから帰還してきた祖国は、あまりにも生命に対して無防備に思えたのではないか。
食べたいものを食べ、したいことをする。
自分たちは何もリスクを負わずに、あっけらかんと生きている人たちに対する嫌悪感。
結局自分たちだって、食べたいものを食べ、したいことをしているのに。
自分たちは生と死のはざまを見てきたことは免罪符になるというのか。
このままでいいと思ってはいないのだろう。
その焦燥は確かに感じられる。
けれど何をやってもきっと「それで?」という問いかけが心の中にあるのだろう。
「どうせ死ぬんだし」と思いながら、なにかに人生をかけられるほど、人は強くないのだ。
刹那に生きてしまう弱さと、易きに流れる怠惰と、生命に対する諦観。
その中で何かをなしとげたいという狂おしい思いを熱く感じ、大嫌いなこういう自堕落な生活をも割り引いて見てあげようという気にもなる。(何者?)
闘牛のシーンはとても面白く読んだのだが、純情な19歳の才能ある闘牛士ペドロ・ロメロを、思いつきで駆け落ちさせた挙句に捨てるブレットが本当に嫌い。
真剣に牛と闘っているのに痴話げんかに巻き込んで怪我をさせて、けろりとして駆け落ちだもんなあ。
それが34歳大人の女のすることか?
「お金持っていないので迎えに来て」ってジェイクに甘えるところも怒髪天だ。
それに引き換え、スペインに行く途中の山の中で釣りをするシーンは好き。
リュックにサンドイッチとワインとみみずを詰めて、涼しいうちに釣りをする。
暖かくなったら樹にもたれてひと休み。本を読んでもいいね。
そしてお昼ご飯を食べたら少し昼寝をしてから山を降りるのさ。
ただし、「鱒」を釣ったらしいのだが、それがとても違和感。
アングロサクソン人はわからん魚は全部鱒だからなあ。
「鱒」といえば小型の「鮭」みたいじゃない?
「やまめ」とか「いわな」とかせいぜい「ニジマス」とか「サクラマス」みたいな魚に置き換えて読んでました。
あと、発表当時の小説の饒舌な文体からしたら確かに簡潔な文体だけれど、いまどきこれをハードボイルド・スタイルというのだろうか。
「さらば愛しき女よ」を読んだ時も感じたけど、意外とハードボイルドって文章のお行儀がいいのかしら?
いまどきの普通のエンタメ小説に、ハードボイルドな文体が結構あるような気がするのだけど、大きなこと言えるほどハードボイルドを読んでいないからなあ。
本当は「虚弱」なんですよ。
でも、きっと「頑強」に見えてるんだろうなあ。
やけに看護学生さんや実習生や新人さんにあたるのです。
子どものころから数えると、結構何人も。
2年前の人間ドックでは、痛くなるはずのないエコー検査(超音波検査)で、ぐぉりごりやられて泣きそうになった上に、「息を止めて~」の後に「息を吐いて~」って言ってもらえずに死にそうになりました。
いや、いいんですよ(よくないけど)。
誰もが初めての時はへたくそなんです。
私のちょっとした我慢が、医療の充実につながるのなら、喜んでこの身を捧げましょう。
ただし、痛くない範囲でね。
というわけで、昨日、薄々お気づきの方もいらっしゃるかと思いますが、歯医者さんで出会ってしまったの。新人さんに。
昨日は「ちょっと治療に時間がかかりますから、早めに来てください」と言われていたので、職場を早退して行きました。
そして先生、いきなり麻酔の注射をいたします。ちく。
「麻酔が効き始めるまでの間に、型をとりますからね」
歯科技工士さんが来て型をとるのですが、口の中にトレイを入れるのがまず痛い。
何度も何度もいろんな大きさのトレイを入れては出し、入れては出し、ようやく型をとったと思うと、「すみません、うまくとれなかったのでもう一度お願いします。」
そして最初からいろんな大きさのトレイを入れては出し、入れては出し。
トレイの大きさはさっきのと同じでいいのでは?(涙)
そして今度は下の型をとります。
何度も大きく口を開けさせられて、多分口の端が切れています。だって痛いもの。
だけど、なんだか口の中もチクチク引っかかるように痛いのよ。
我慢しているんだけど、体がぴくんと反応してしまうのは如何ともしがたい。
結局先生が再登場して、麻酔を増量してくれました。これで、まあ何とか我慢はできますが。
下の型。一回目失敗。
再び最初からやり直しの二回目。失敗。
「あのぅ、もう一度やり直したいんですけど、お時間ありますか?」
あるよ。早退してきたくらいだからね。
涙目で「あが(はい)」とうなづく。
三回目は先輩技工士さんでした。
「こういうふうに下から掬うようにトレイを入れる。そうしないと痛いから。」だからか!
「ここにこうやって薬剤を塗る。じゃないと分離するから。してた?」「いいえ」だからか!
「口から結構出血しているので、血止めのお薬塗っておきますね」
なんだと!?Σ(=°ω°=;ノ)ノ
「じゃあ次回は少し治療にお時間がかかりますから、早めにいらしてくださいね」
結局今回は型取りだけで治療なしかい!!!
家に帰っても麻酔のせいか口の中がしびれていて、食欲もなかったので、そのまま居間のソファで寝てしまいました。
電話があったから起きましたけど、精神的疲労がハンパなく、早々にお布団へ。
今朝、それまでなかったはずの口内炎を3個ほど見つけました。
痛くないうちに行った歯医者さんで毎回めっちゃ痛い思いをさせられるのは、一体何の罰なのでしょう。
とりあえず悔い改めますから、もう許してください。。
・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。
本日の読書:日はまた昇る アーネスト・ヘミングウェイ
カバー裏より
『第一次大戦後のスペインの祭礼週間を背景に、戦争で性的不能におちいった主人公ジェイクの爆発する情熱、淫蕩な女主人公ブレットと若い闘牛士との灼熱の恋、彼女を恋する男たちの狂躁などを、簡潔な単語、短文を主にした吐き捨てるようなハードボイルド・スタイルの文体で描く。明るい南国の陽光のもと、虚無と享楽の淵にただよう“失われた世代”の生態を描破した初期の代表作。』
第一次世界大戦の戦場はほぼヨーロッパだったため、出征した兵士たち以外はあまり戦争を実感することなく戦争を終えることになる。
主人公のジェイクをはじめとして、多くのアメリカの若者が戦後をヨーロッパ(特にパリ)で無目的に過ごしている。
毎晩毎晩酒を飲み、何者かになろうとしながらなれずにいる。
アメリカは国土が戦場になっていないから、主人公たちが(作者が)生と死の淵ギリギリのところから帰還してきた祖国は、あまりにも生命に対して無防備に思えたのではないか。
食べたいものを食べ、したいことをする。
自分たちは何もリスクを負わずに、あっけらかんと生きている人たちに対する嫌悪感。
結局自分たちだって、食べたいものを食べ、したいことをしているのに。
自分たちは生と死のはざまを見てきたことは免罪符になるというのか。
このままでいいと思ってはいないのだろう。
その焦燥は確かに感じられる。
けれど何をやってもきっと「それで?」という問いかけが心の中にあるのだろう。
「どうせ死ぬんだし」と思いながら、なにかに人生をかけられるほど、人は強くないのだ。
刹那に生きてしまう弱さと、易きに流れる怠惰と、生命に対する諦観。
その中で何かをなしとげたいという狂おしい思いを熱く感じ、大嫌いなこういう自堕落な生活をも割り引いて見てあげようという気にもなる。(何者?)
闘牛のシーンはとても面白く読んだのだが、純情な19歳の才能ある闘牛士ペドロ・ロメロを、思いつきで駆け落ちさせた挙句に捨てるブレットが本当に嫌い。
真剣に牛と闘っているのに痴話げんかに巻き込んで怪我をさせて、けろりとして駆け落ちだもんなあ。
それが34歳大人の女のすることか?
「お金持っていないので迎えに来て」ってジェイクに甘えるところも怒髪天だ。
それに引き換え、スペインに行く途中の山の中で釣りをするシーンは好き。
リュックにサンドイッチとワインとみみずを詰めて、涼しいうちに釣りをする。
暖かくなったら樹にもたれてひと休み。本を読んでもいいね。
そしてお昼ご飯を食べたら少し昼寝をしてから山を降りるのさ。
ただし、「鱒」を釣ったらしいのだが、それがとても違和感。
アングロサクソン人はわからん魚は全部鱒だからなあ。
「鱒」といえば小型の「鮭」みたいじゃない?
「やまめ」とか「いわな」とかせいぜい「ニジマス」とか「サクラマス」みたいな魚に置き換えて読んでました。
あと、発表当時の小説の饒舌な文体からしたら確かに簡潔な文体だけれど、いまどきこれをハードボイルド・スタイルというのだろうか。
「さらば愛しき女よ」を読んだ時も感じたけど、意外とハードボイルドって文章のお行儀がいいのかしら?
いまどきの普通のエンタメ小説に、ハードボイルドな文体が結構あるような気がするのだけど、大きなこと言えるほどハードボイルドを読んでいないからなあ。