子どものころから決めていることがある。
「無計画の計画」で生きていくのだ。
下村湖人の「次郎物語」
一般に第一部がよく読まれていると思うけど、私の小学校のPTA文庫には第一部から第五部までが置いてあったのだ。
母の名を騙り借り出したそれらの本の、確か第二部か三部に「無計画の計画」という言葉が出てくる。
生まれてすぐに家族の元から離され乳母に育てられた次郎が、家族に疎まれたり再び親子の絆を確かめ合ったりして成長する話(ざっくりすぎますが)なのだが、次郎が中学校に上ったころから兄ちゃんと結構いい関係を築くのである。
兄ちゃんやその友達と旅に出る時、細かな計画など立てないで、「無計画の計画」で行くことにする。
計画を立てるのは自分なので、しょせん自分の器に合う程度の経験しかできないが、無計画の計画を立てると全てが運任せで、考えることすらなかったような経験をすることも可能である。それは大いなる存在を信じること。
そんな感じだったような、違ったかもしれないような…。
なにせ小学生の時以来読んでないので、かなりの脚色(妄想)をしている恐れはあるけれど、まあ、そんな感じで解釈しとるわけです。
なので、スケジュール帳に予定を入れるのがとにかく嫌い。
仕事の予定はしょうがありませんが、プライベートは真っ白がよろしい。
その日の気分で、一日寝ていたり、一日ぐうたらしたりが喜ばしい。
今日はドライブ、明日は登山、なんてアクティブに予定が入ってしまうのなんて、最悪以外の何ものでもなし。
で、今日。
歯医者だったの。
一週間前から予定されてました。
朝から最悪。今も最低。
やっぱり無計画の計画がよろしいかと。
今日もさっさと沈没します。ぷくぷく。
そうそう、次郎物語って昔NHKでドラマ化されたんだけど、我が家にあった「玉川児童百科事典」の文学の巻にその時の写真が載っているんです。
少年次郎を演じていた、当時人気子役だった池田秀一さんの写真が。
ガンダムを知る前と知ってからとでは、その写真の価値が全然違う。
学校に持って行き、ガンダム仲間に見せびらかしたのは言うまでもありません。^m^
本日の読書:かの蒼空に 『坊っちゃん』の時代 第三部 関川夏央 谷口ジロー
Amazonより
『借金とその算段は、啄木の人生の主要な一部であった。生活の破綻と消費へのあらがい難い衝動。
小説は完成せず、短歌ばかりが口をついてでる。蒼空に紛れた青年、啄木の心象に現代日本の閉塞感を重ねて映す。
関川夏央・谷口ジローの黄金コンビが描く明治の彷徨、佳境へ。
第二回手塚治虫文化賞受賞作第三部。』
この巻は石川啄木。
私は本以外にはあまり物欲がないというか、逆に買い物してお金を使うのがストレスになるところがあるので、石川啄木の金銭感覚は全く理解できない。
函館の友人のところに預けている母、妻、子どもを東京に呼ぶためのお金がない。
何度会社に給料の前借をしようと、手当たり次第の友だちから借りようと、北海道時代の昔なじみの芸者からまでお金を借りても、手元にお金が残らない。
なぜだ?
それは、使うからさ。
手元にお金があればあるだけ使う。
会社をさぼって映画を観、酒を飲み、友だちに奢り、女を買い、いらないものまで買って、すっからかんになる。
お金が無くなれば、会社をさぼる。
凄く破綻した生活だけれど、それはそれでやって行けてたのだからすごい。
結局誰かがお金を貸してくれるのである。
面と向かって頼んでも、手紙で懇願しても、結局誰かが貸してくれる。
多分言葉に力があるんだ。
そして啄木はそれを自覚している。
まだ若く、自分のことを天才と信じていた頃ならお金を借りることに後ろめたさはないかもしれない。
けれど啄木は、自分の才能に疑いを持ち始めても、生活を立て直すことができなかった。
身近にいた人に片っ端からお金を借りていた啄木だが、金田一京助の献身ぶりが淒じい。
蔵書を全部売り払って啄木のためにお金を作る。
自分は文学の才能に見切りをつけたので、文学書はいらないのです。これからはアイヌ語の研究に一生を捧げます。そう言って。
しかしそれは、啄木のためになることだったのかな。
自我とは“戦後(日露戦争)の病気だ。いや 現代という時代のもたらした必然の病気だ。これから日本も 日本人も 悩むための悩みに溺れ 苦しみ そのあまり 心中ごっこだかなんだか知らないが ともかく 破局へ向かって 一目散ということになるだろう。残念ながら それが われわれの現に生きている 時代の実相なのだ”
小説家になりたかったのに小説を完成させることがどうしてもできず。
ただ口から出てくる短歌をノートに書き写す啄木。
物語を作ることではなく、思いの丈を言葉に込めることこそが、啄木の才能の在り処だったのだろう。
3月13日追記
啄木が日記をローマ字で書いていたのは有名な話。
“あえてローマ字で記したのは秘密を守るためというより 漢字語のリズムが生みだす 壮士風の快い判断停止状態の呪縛から脱して 自由な日本語表現を獲得する無意識の試みであった”
ここにも言文一致へ向けての見えない努力が…。
「無計画の計画」で生きていくのだ。
下村湖人の「次郎物語」
一般に第一部がよく読まれていると思うけど、私の小学校のPTA文庫には第一部から第五部までが置いてあったのだ。
母の名を騙り借り出したそれらの本の、確か第二部か三部に「無計画の計画」という言葉が出てくる。
生まれてすぐに家族の元から離され乳母に育てられた次郎が、家族に疎まれたり再び親子の絆を確かめ合ったりして成長する話(ざっくりすぎますが)なのだが、次郎が中学校に上ったころから兄ちゃんと結構いい関係を築くのである。
兄ちゃんやその友達と旅に出る時、細かな計画など立てないで、「無計画の計画」で行くことにする。
計画を立てるのは自分なので、しょせん自分の器に合う程度の経験しかできないが、無計画の計画を立てると全てが運任せで、考えることすらなかったような経験をすることも可能である。それは大いなる存在を信じること。
そんな感じだったような、違ったかもしれないような…。
なにせ小学生の時以来読んでないので、かなりの脚色(妄想)をしている恐れはあるけれど、まあ、そんな感じで解釈しとるわけです。
なので、スケジュール帳に予定を入れるのがとにかく嫌い。
仕事の予定はしょうがありませんが、プライベートは真っ白がよろしい。
その日の気分で、一日寝ていたり、一日ぐうたらしたりが喜ばしい。
今日はドライブ、明日は登山、なんてアクティブに予定が入ってしまうのなんて、最悪以外の何ものでもなし。
で、今日。
歯医者だったの。
一週間前から予定されてました。
朝から最悪。今も最低。
やっぱり無計画の計画がよろしいかと。
今日もさっさと沈没します。ぷくぷく。
そうそう、次郎物語って昔NHKでドラマ化されたんだけど、我が家にあった「玉川児童百科事典」の文学の巻にその時の写真が載っているんです。
少年次郎を演じていた、当時人気子役だった池田秀一さんの写真が。
ガンダムを知る前と知ってからとでは、その写真の価値が全然違う。
学校に持って行き、ガンダム仲間に見せびらかしたのは言うまでもありません。^m^
本日の読書:かの蒼空に 『坊っちゃん』の時代 第三部 関川夏央 谷口ジロー
Amazonより
『借金とその算段は、啄木の人生の主要な一部であった。生活の破綻と消費へのあらがい難い衝動。
小説は完成せず、短歌ばかりが口をついてでる。蒼空に紛れた青年、啄木の心象に現代日本の閉塞感を重ねて映す。
関川夏央・谷口ジローの黄金コンビが描く明治の彷徨、佳境へ。
第二回手塚治虫文化賞受賞作第三部。』
この巻は石川啄木。
私は本以外にはあまり物欲がないというか、逆に買い物してお金を使うのがストレスになるところがあるので、石川啄木の金銭感覚は全く理解できない。
函館の友人のところに預けている母、妻、子どもを東京に呼ぶためのお金がない。
何度会社に給料の前借をしようと、手当たり次第の友だちから借りようと、北海道時代の昔なじみの芸者からまでお金を借りても、手元にお金が残らない。
なぜだ?
それは、使うからさ。
手元にお金があればあるだけ使う。
会社をさぼって映画を観、酒を飲み、友だちに奢り、女を買い、いらないものまで買って、すっからかんになる。
お金が無くなれば、会社をさぼる。
凄く破綻した生活だけれど、それはそれでやって行けてたのだからすごい。
結局誰かがお金を貸してくれるのである。
面と向かって頼んでも、手紙で懇願しても、結局誰かが貸してくれる。
多分言葉に力があるんだ。
そして啄木はそれを自覚している。
まだ若く、自分のことを天才と信じていた頃ならお金を借りることに後ろめたさはないかもしれない。
けれど啄木は、自分の才能に疑いを持ち始めても、生活を立て直すことができなかった。
身近にいた人に片っ端からお金を借りていた啄木だが、金田一京助の献身ぶりが淒じい。
蔵書を全部売り払って啄木のためにお金を作る。
自分は文学の才能に見切りをつけたので、文学書はいらないのです。これからはアイヌ語の研究に一生を捧げます。そう言って。
しかしそれは、啄木のためになることだったのかな。
自我とは“戦後(日露戦争)の病気だ。いや 現代という時代のもたらした必然の病気だ。これから日本も 日本人も 悩むための悩みに溺れ 苦しみ そのあまり 心中ごっこだかなんだか知らないが ともかく 破局へ向かって 一目散ということになるだろう。残念ながら それが われわれの現に生きている 時代の実相なのだ”
小説家になりたかったのに小説を完成させることがどうしてもできず。
ただ口から出てくる短歌をノートに書き写す啄木。
物語を作ることではなく、思いの丈を言葉に込めることこそが、啄木の才能の在り処だったのだろう。
3月13日追記
啄木が日記をローマ字で書いていたのは有名な話。
“あえてローマ字で記したのは秘密を守るためというより 漢字語のリズムが生みだす 壮士風の快い判断停止状態の呪縛から脱して 自由な日本語表現を獲得する無意識の試みであった”
ここにも言文一致へ向けての見えない努力が…。