早いもので、あと一週間もすれば節分なんですね。
数日前にようやく正月ボケが治まったかと思ったら、もうそんな時期ですかい。

昨年は世間のお祭り騒ぎに流されて、恵方巻きを買ったくせに豆を買い忘れるという大失態を犯してしまったので、今年は忘れないように今から書いておきましょう。
節分は豆をまいて鬼を払い、福を招き入れること。
大体恵方巻きなんて数年前に関西からやってきた新参者じゃあないですか。

北海道は昔から節分と言えば豆を撒くんですよ。
殻つき落花生をね。
これなら撒いた後拾って食べても、汚くないでしょう?

本州に住んでいたとき、びっくりしました。
これなに?
「節分の豆だよ。何言ってるの?」
これ、食べられるの?

北海道以外の人からしたら逆に、落花生撒くのかい?って感じでしょうね。
節分の様子を描いた絵で豆が丸くなっているのは、豆=丸いという単なる記号化だと思っていたので、丸い豆を本当に撒くのかという思いもありましたね。
だって転がって行っちゃうでしょ?
それに比べて落花生は、その辺に落ちて終わりですから。

それにしても不思議だったのは、北海道は大豆の産地なのに撒かない。
茨城〈やや千葉より〉は落花生の産地なのに撒かない。
なぜ取れないものを撒きたがるのか?ふしぎ。

しかしこの年になると落花生を歳の数だけ食べるのも大変なので、枝豆で代用したら駄目かなあ?
撒いた後回収して莢から出してサラダに入れる。
恵方巻きと豆サラダ。どう?←さっき恵方巻きのこと新参者扱いしてなかったか?



本日の読書:4TEEN 石田衣良

カバー裏より
『東京湾に浮かぶ月島。ぼくらは今日も自転車で、風よりも早くこの街を駆け抜ける。ナオト、ダイ、ジュン、テツロー、中学2年の同級生4人組。それぞれ悩みはあるけれど、一緒ならどこまでも行ける、もしかしたら空だって飛べるかもしれない―。友情、恋、性、暴力、病気、死。出会った全てを精一杯に受けとめて成長してゆく14歳の少年たちを描いた爽快青春ストーリー。直木賞受賞作。』

時々猛烈に石田衣良に拒否反応が出る。
これもそうだった。
溢れんばかりのけれん味が、どうにも鼻につく。
鬱陶しい。

楽しいはずなのに泣きたくなるような、悲しいのに笑顔で堪えるような、普通に繊細な少年を書くのが結構得意なんじゃないかと思うのに、過剰にドラマチックなんだよね。
そして、どうも作者の姿が透けて見える気がするのだ。前にも書いた気がするけど。

例えばいまどきの中学生が「ブルーブラックのインクを溶かしたような水」っていうかな。
よほどの文具店に行ったって、最近万年筆をほとんど見かけないというのに。
アールデコ風なデザインの交番。
洋品店の店頭に飾られるトルソ。トルソとマネキンの違い、どうでもいいよ。
どうしても中学生の視点に感じられないんだなあ。

東京の中学生ってこういうものなのかもしれないけど、東京じゃないところに住んでいる私には中学生のリアリティは感じられなかった。

ごく普通の中学生男子が、親友と浮気をしているかもしれない人妻と初めて会ったときに“ブーツカットのジーンズに白いタンクトップ、そのうえに透ける素材のシャツブラウスを重ねている。”なんて冷静に観察するかしら?
私はこの粘着質の観察眼が、気持ち悪く思えてしょうがない。

この連作短編が書き始められたのは、『池袋ウエストゲートパーク』を出版した4ヶ月後というのだから、ほぼ新人の頃。
なら、まあしょうがないか、と思ったのに、これで直木賞を受賞したとですか!
しかも審査員満場一致ってどげんこつですか!
伊坂幸太郎の「重力ピエロ」より、東野圭吾の「手紙」より、これがよかとですか!

びっくりしました。ふう。