昨日私の名をかたってメールを出した同期に、マッピーよりという署名の後にピンクのハートマークがついていません、と苦情を申しましたら(BCCだったのでわかったのです)、今朝になって、追加でハートを送りましたとメールが来ていました。
素早い対応、ありがとう。
いい年して、何やってんだ?私ら。

ブログネタ参加の件で、事務局からメッセージが届きました。
けれども特に評価はなし。
昇進しましたとのことでした。
評価の基準がよくわからないんですが、心配してることはブログネタのあとに本の感想を書いたこと。
評価するとか評価しないとかを考えていなかったので、軽い気持ちでいつも通りに書いたのですが、本当はルール違反だったらどうしようと今になってドキドキしているわけです。
今のところ怒られていないからいいのかな?
ブログネタとクチコミ番付の関係も今一つよくわからないんですよね。
難しいな、アメーバ。

誰も気にしていないその後の話だったと思いますが、いいじゃ~ないの~。

ああ、そして!
来年から稲本選手がコンサに加入します!
小野と稲本。
今からうっとり。
:*:・( ̄∀ ̄)・:*:

さて今日から10さんが帰ってきます。
昨日はせっかく今年最後の一人の日だったのに、無駄に時間を使ってしまった。同期のばか。

多分飲む気満々で帰ってくると思うので、今日のご飯はカジカ汁とお刺身、じゃがいもと竹輪の煮物、ほたてのバターしょうゆ焼きです。
お酒は千歳鶴の純米。酒米は道産の吟風です。
ところで何時に帰ってくるんだろ???


本日の読書:告白 町田康

カバー裏より
『人はなぜ人を殺すのか―。河内音頭のスタンダードナンバーにうたいつがれる、実際に起きた大量殺人事件「河内十人斬り」をモチーフに、永遠のテーマに迫る著者渾身の長編小説。第四十一回谷崎潤一郎賞受賞作。』

とにかく圧倒される。
本の厚さにも、テーマの重さにも、文体の軽やかさにも。

主人公の熊太郎は、小さいときこそ素直な良い子であったのだろうけど、ある時ふと気がついてしまうのである。自分はそんな大したことない奴だ、と。
でも、全力で頑張ってできなかったら、ほんまにあかんかったことになってしまうので、「俺はまだ本気だしてないだけ」を装って自分と世の中を偽って生きることにするのである。

そしてまた熊太郎は、できん子のくせに思弁的なのである。
いいことをしようとは思うのだが、そうすると「あいついい子だと思われたいんやな」と思われるかもしれないことに堪えられない気がして、いいことをやめてしまう。
何をするにもその調子なので、結局行きつく先は極道もんの博奕うち。そして家族や村の人たちから煙たがられているのである。

ふと気がついた熊太郎。
子どものころ一緒に遊んだ村の仲間は、自然と女の子なんかとうまいことやっているけど、どういう決まりごとがあるのか今一つ自分はわかっていないということに。
コツコツ農作業や村の行事に参加しているわけではない熊太郎は、自然な挨拶から女の子たちに話しかけるというのができない。
あろうことか道でばったりあった女の子を捕まえて、蛇がにゅうめんを飲み込んだ話をするもんだからドン引きされてしまう。

村の人々を観察するに、言葉と気持ちと行動が一直線でつながっていることに気がつく。
「今日も暑くて大変やなあ」と汗をぬぐう。
しかし熊太郎は、考えて考えて考えた結果出てくる言葉はとんでもないものであり、また、思ってもいないことを言ったりやったりする羽目になるのである。

そもそも熊太郎はええかっこしいである。
だからおだてられると、気が進まなくても後に引けなくなってしまう。そして、結局のところ人の嫌がることを押しつけられたりもするのである。
熊太郎の本質を理解している奴らに、いいように使われたり、金を巻き上げられたりすることもしょっちゅうなのである。

それはおかしいではないか、と思っていろいろ考えるのだが、損ばかりの人生を積極的に歩いてしまうのだからしょうがない。

見栄っ張りで、器が小さくて、ケンカも弱くて、博奕も弱くて、何かと不器用な熊太郎ではあるが、根は単純で、お人好しで、憎めないやつなのである。
弟分の弥五郎が熊太郎について思ったことは「弱きを扶け強きを挫くというが、この人の場合は、自分を挫いている、しかもその自分は弱い。でも自分を挫くときの姿勢は無茶苦茶強気や。ということは、いったいこれは弱いのか、強いのかどういうことやね?わけわからんわ。」

弥五郎が子ども時分、悪い大人たちに袋叩きにされたのを見ているのがいたたまれなくて助けに出るのだが、ケンカ弱いのでぼこ殴りに殴られる熊太郎。
「鼻先の痛みが去る前に後頭部に、ぐわん、今度は重苦しいばかりでなく熱と痺れをともなう強烈な打撃を受け、頭脳を白熱に支配された熊太郎はなにも考えることができなくなって、ギターを弾くカルロス・サンタナのような顔をして前にのめった、ところへさして正面から腹を蹴られ、さらには横鬢を拳固で殴られて、ついに熊太郎は一発も殴り返さないうちに地面に倒れた。」

自分と世間との違い。
何も考えずに誰かの尻馬に乗って、暴力をふるったり弱い者いじめをしたりがどうしてもできない。
傍観者のような顔をして他人を嘲笑うことができない。

だからどう頑張っても村の人々からはみ出してしまうけれども、そしてそれは熊太郎にとっては不本意なことではあったけれども、そうやって日を過ごしていた熊太郎が、なぜ「河内十人斬り」というような大量殺人事件を起こしてしまったのか。
そしてなぜ、こんな内容の、こんな文体の小説の読後感が、こんなに切ないのか。

熊太郎の最期の言葉。
「あかんかった」