内容:まほろ市で便利屋を営む多田啓介(瑛太)のところへ、中学時代の同級生・行天春彦(松田龍平)が転がり込んで3年目。行天と凪子(本上まなみ)の娘はる(岩崎未来)を預かって四苦八苦する中、まほろ市の裏組織の人間である星(高良健吾)から、駅前で毎日のようにビラ配りをする怪しい団体「家庭と健康食品協会」の調査を依頼される。やがて、その協会は以前新興宗教団体だったことがわかり、代表の小林(永瀬正敏)が行天の過去を知る人物だと判明する。さらに調べを進める多田たちだが、思わぬ形でバスジャック事件に巻き込まれていく。
公開初日という、私にしては珍しく前のめりで観てきました。
なのに、昨日感想を書かなかった理由。
ということで察してください。
これから見ようと楽しみにしている方は、読まないでね。
多田と行天のことを考えるだけで涙が出そうになるくらい、このシリーズが好きなのです。
あ、小説の方。
前回の映画は、まあ、映画だし全部表現はできないよ、と鷹揚に受け止めましたが、今回のはちょっと受け止めきれませんでした。
多田と行天の、近すぎず遠すぎずの距離感は相変わらずよし。
他の人たちよりは明らかに長い間合いが絶妙。
その行間で笑わせたり、胸を打たれたり。
まほろシリーズというのは、この二人の間合いが見せどころというか、まず、ここを押さえておかなければ別物になってしまうと思う。
そして、映画でもそこに力を入れているのか、やはり所々で聞こえてくる笑い声は、この間合いの賜物だった。
でも、映画なのよ。
バスジャックのシーンまでこのテンポでのんびりやられては、リアリティのかけらもないよ。
さすがに温厚な(?)私も、その場で立ちあがって「何やってんだ!」と怒鳴りたくなりましたが、映画の中で多田が叫んだので、それでよし…のわけないだろう!
多田と行天の時間はゆっくり流れていてもいい。ここは感覚の部分だから。
でも、その周辺はもっと、早送りかってくらいに速い動きで急転直下の事態を演じてくれないと。
メリハリがなく、だらだらした雰囲気のバスジャック事件が、全てを台無しにした気がしました。
原作は…わりとだらだらしてるんですけどね。(笑)
あまりに遺憾であったので、家に帰って原作読みなおしましたもの。だらだらでした。
でも、一応人混みの中でどさくさまぎれにいろんなことが起こっているので、読んでいるこちらサイドが緊迫感をもって読めるようになっているのです。
映画は、カメラが向いていない間は時間が停まっているのではないか、と思えるくらいの間抜けっぷり。
ボールを持っていない時間にどういう走りをするのかが大事なんだよっ!
長い原作を2時間に圧縮したのですから、ストーリーに深みが欠けるのはしょうがないとしても、映画としての演出によって立体的にするべきところが、うまくいかなかったのではないかと思う。
そして、このシリーズにずっと流れているテーマ。
親と子の関係。
血がつながっているからこその重さであり、見たくなくても常に目の前に突き付けられる厳然たる事実。そして、それから逃れることは絶対にできない。
今回の映画も、はると親たち。行天とはる。多田と息子。小林と親。由良公と親(原作では裕弥)。曽根田のばあちゃんと息子。たくさんの親子の形がある。あ、星と母親ってのが映画ではなかったね。
全部を深く取り上げることはできないけれど、行天とはるについてはもう少し、せめてけがをした理由くらいは、原作通りにしてほしかった。
無理に小林を引っ張ってしまったから、いろんなところにしわ寄せが来た感じ。
「るろうに剣心」みたいに2部にわけたら…とも思たけど、そうすると後編に行天があまり出てこないことになってしまうし。
まほろと多田と行天。
バランスの取れたこの関係に、小林が少し大きすぎた、と、そういうことでしょうか。
せっかくの永瀬正敏だったのに、バランスを崩す形になってしまったのは返す返すも残念。
彼はいい演技をしていたと思うけど、使われ方がよくなかった。
やっぱり深夜ドラマでだらだらとやっているのが、このシリーズには合っているのかもしれないなあ。
原作では、多田も行天も一つの山を越えて、止めていた自分の時間を進めることになるのだけど、映画のおわり方では、進められるかどうかはちょっとわからなかったな。
かなり辛口で書いてしまったけど、映画を観た後あまりにもやもやしたものを、一晩かけて自分なりに整理したので、少しスッキリしました。
読んで嫌な思いをした方がいたらごめんなさい。
楽しく鑑賞することができた人も多くいると思います。
私個人の感想なので、ご容赦ください。
それでもやっぱり私はこのシリーズが好きなのですわよ。
公開初日という、私にしては珍しく前のめりで観てきました。
なのに、昨日感想を書かなかった理由。
ということで察してください。
これから見ようと楽しみにしている方は、読まないでね。
多田と行天のことを考えるだけで涙が出そうになるくらい、このシリーズが好きなのです。
あ、小説の方。
前回の映画は、まあ、映画だし全部表現はできないよ、と鷹揚に受け止めましたが、今回のはちょっと受け止めきれませんでした。
多田と行天の、近すぎず遠すぎずの距離感は相変わらずよし。
他の人たちよりは明らかに長い間合いが絶妙。
その行間で笑わせたり、胸を打たれたり。
まほろシリーズというのは、この二人の間合いが見せどころというか、まず、ここを押さえておかなければ別物になってしまうと思う。
そして、映画でもそこに力を入れているのか、やはり所々で聞こえてくる笑い声は、この間合いの賜物だった。
でも、映画なのよ。
バスジャックのシーンまでこのテンポでのんびりやられては、リアリティのかけらもないよ。
さすがに温厚な(?)私も、その場で立ちあがって「何やってんだ!」と怒鳴りたくなりましたが、映画の中で多田が叫んだので、それでよし…のわけないだろう!
多田と行天の時間はゆっくり流れていてもいい。ここは感覚の部分だから。
でも、その周辺はもっと、早送りかってくらいに速い動きで急転直下の事態を演じてくれないと。
メリハリがなく、だらだらした雰囲気のバスジャック事件が、全てを台無しにした気がしました。
原作は…わりとだらだらしてるんですけどね。(笑)
あまりに遺憾であったので、家に帰って原作読みなおしましたもの。だらだらでした。
でも、一応人混みの中でどさくさまぎれにいろんなことが起こっているので、読んでいるこちらサイドが緊迫感をもって読めるようになっているのです。
映画は、カメラが向いていない間は時間が停まっているのではないか、と思えるくらいの間抜けっぷり。
ボールを持っていない時間にどういう走りをするのかが大事なんだよっ!
長い原作を2時間に圧縮したのですから、ストーリーに深みが欠けるのはしょうがないとしても、映画としての演出によって立体的にするべきところが、うまくいかなかったのではないかと思う。
そして、このシリーズにずっと流れているテーマ。
親と子の関係。
血がつながっているからこその重さであり、見たくなくても常に目の前に突き付けられる厳然たる事実。そして、それから逃れることは絶対にできない。
今回の映画も、はると親たち。行天とはる。多田と息子。小林と親。由良公と親(原作では裕弥)。曽根田のばあちゃんと息子。たくさんの親子の形がある。あ、星と母親ってのが映画ではなかったね。
全部を深く取り上げることはできないけれど、行天とはるについてはもう少し、せめてけがをした理由くらいは、原作通りにしてほしかった。
無理に小林を引っ張ってしまったから、いろんなところにしわ寄せが来た感じ。
「るろうに剣心」みたいに2部にわけたら…とも思たけど、そうすると後編に行天があまり出てこないことになってしまうし。
まほろと多田と行天。
バランスの取れたこの関係に、小林が少し大きすぎた、と、そういうことでしょうか。
せっかくの永瀬正敏だったのに、バランスを崩す形になってしまったのは返す返すも残念。
彼はいい演技をしていたと思うけど、使われ方がよくなかった。
やっぱり深夜ドラマでだらだらとやっているのが、このシリーズには合っているのかもしれないなあ。
原作では、多田も行天も一つの山を越えて、止めていた自分の時間を進めることになるのだけど、映画のおわり方では、進められるかどうかはちょっとわからなかったな。
かなり辛口で書いてしまったけど、映画を観た後あまりにもやもやしたものを、一晩かけて自分なりに整理したので、少しスッキリしました。
読んで嫌な思いをした方がいたらごめんなさい。
楽しく鑑賞することができた人も多くいると思います。
私個人の感想なので、ご容赦ください。
それでもやっぱり私はこのシリーズが好きなのですわよ。