現実の話じゃないですよ。

この間職場で、もし週に3日休みになるとしたら、3日連続で休むのと週の中日に1日休むのと、どちらがいいかという話でちょっと盛り上がりました。

私は断然週の真ん中に休みたいタイプ。
2日働いて1日休む。また2日働いて2日休む。
だって連続で休んだら、働きたくなくなっちゃいそうで。

連続で休みたい人は、休日をアクティブに過ごしたい人が多いようです。
確かにスポーツするにしても旅行に行くにしても、連続で休める方が行動の幅が広がりますものね。

それに引き換え、非アクの人〈私)は、しょっちゅう休みがあるというのが結構嬉しかったりするのです。
しょっちゅう休んで、じっとしてる。(笑)

「連続で休んだあとの出勤って、プールから出る時に感じる重力くらい身体が重たいですよね。」と言ったら笑われました。結構マジだったのですが。
実は私、ものすごく仕事が嫌いなんじゃないかと思えてきました。

いや。違うの。
ものすごく仕事が嫌いなんじゃなくて、ものすごく家にいるのが好きなの。
で、じっとしてる。
エコでしょ?


本日の読書:渡りの足跡 梨木香歩

カバー裏より
『この鳥たちが話してくれたら、それはきっと人間に負けないくらいの冒険譚になるに違いない―。一万キロを無着陸で飛び続けることもある、壮大なスケールの「渡り」。案内人に導かれ、命がけで旅立つ鳥たちの足跡を訪ねて、知床、諏訪湖、カムチャツカへ。ひとつの生命体の、その意思の向こうにあるものとは何か。創作の根源にあるテーマを浮き彫りにする、奇跡を見つめた旅の記録。』

これはノンフィクション。
彼女が植物や鳥に造詣が深いことは知っていたけれど、渡り鳥を見るために何度も北海道を訪れていたとは知らなかった。
サロマ湖や長都沼は知っているけれど、チミケップ湖なんて北海道に住んでいても聞いたこともなかった。

とにかく彼女は自然が持つ力というものを絶対的に信じていて、人間が自然破壊をしたのも自然の意志かもしれないし、自然を回復しようとささやかながら努力することすらも自然の計算のうちかもしれない、と。
ここまで来たら、もう、自分が信じる行動をとるしかないよね。

太古の自然にもどすことは今さら不可能なのだから、無駄に自然を損なうことなどないように気を付けながら、文明の恩恵を享受するというのが、今のところの私のスタンスですが。

自然の前では人間同士はもちろんのこと、人間とほかの生き物の存在は平等であり、風や海流は世界中で命の流れを繋ぐものであるとするならば、それらをぞんざいに扱うことなど当然してはいけないこと。
けれど、ついそのことを忘れちゃうんだよね、私たち人間は。
自分だけ良ければいいなんて思っちゃって。

“太陽は、いくら礼を言っても足りないほどの、そう、神と言ってもいいほどの存在だったのだ。そのことは、私の日常からいつの間にか乖離していた。雨も、風も霧も、みな、必要とされ、過ぎれば脅威も与える。それが自分の生命を左右するものだという、その、生物として当たり前の感覚が、乖離していた。”

どんな環境でも、そこが自分の居場所と思い定めている生物がいる。
環境が変われば、それに合わせて自分を変えていく生物がいれば、自分の過ごしやすい場所を求めて移動する生物もいる。
梨木香歩は前者を植物の中に、後者を渡り鳥の中に見ているが、人間にだってそういうところはあるのではないか、と、外国に移民した日本人や北海道を開拓した人たちに思いをはせる。

自然の中にすっくと立って世の中を見る彼女の目は、ぶれない。
だから私は、ぶれそうになるとき彼女の本を手に取るのだ。かくあらんとして。