先ほど携帯から撮った写真をアップしておきながら書くことでもないのだけれど、最近私と携帯の間に少し距離ができました。

4月から一人暮らしをするようになり、家にいるときは基本的に寝室(旧子供部屋)にいますので、携帯は枕元の充電器にずっと刺さってます。

休みの日の過ごし方は、基本的にひきこもりなのですが、それ以外としては整体。
整体施術中は電話に出ることができませんから、整体に行くときは携帯を持っていきません。

映画。
映画館では電源を切っていますが、時計代わりに持っていきます。
でも、映画を観たらすぐに帰ってくるので、やっぱり充電器のところにまっしぐらです。 

スーパーに買い物。
「ついでにアイス買ってきて。」と電話をくれる人もいなくなりましたので、携帯は不携帯です。

そんなこんなで、休日はあまり携帯にさわることもなくなりました。

かなり前のことですが、森博嗣の小説(S&Mシリーズのどれか)で、どえりゃ~大金持ちのお嬢様であるところの西之園萌絵が、当時出回り始めた携帯電話を持っていないのかと聞かれ、「あれは会社なり人なりに使われている人が、持たされるものでしょう?私には必要のないものだわ。」というようなことを言っていたのを、ずっと覚えています。
確かにそうだよな、と思って。

で、今日、久しぶりに携帯を家に忘れて職場に行きました。
いや~、なくても全然平気でした。と言いたかったのに、こういう時に限ってメールが多かったりするのはなんででしょう。

ええと…。
先日娘と次男に宅急便を送ったのですが、中に入れた手紙が逆だったと…。
何かの罠か、とメールが来ました。

罠ってどういうことよ?
そんなに腹黒じゃないわい。
お互いに相手あての手紙を朗読してください、とお願いしたら、天然でしたかとダメ押しのメール。

私が間違えたのですからしょうがないのですが、なんか不愉快。
だから携帯って、メールって嫌いよ。←完全なる八つ当たり


本日の読書:世に棲む日日(四) 司馬遼太郎

カバー裏より
『動けば雷電の如く、発すれば風雨の如し……。わずか八十人で兵を挙げた高杉晋作のクーデターは、きわどく成功する。幕府は、慶応二(1866)年、この長州藩を圧し潰そうと、天下の兵を糾合し、藩の四境から進攻するが、時運はすでに移り変っていた。維新の曙光を認めながら、しかし高杉はもはや死の床にあった。』

吉田松陰。高杉晋作。
激動の時代、長州藩という政治の僻地から、日本を揺るがす思想を語り、実行し、死んでいった二人。
二人とも20代で亡くなっているんですね。
なんて密度の濃い生きざまであったことか。

あの時代に生き、のちの時代に偉人と呼ばれた人たちは、命を賭けて、この国のために、より良い世の中をつくるために奔走したのですよね。
自分たちだけは安全地帯にいて、口だけ勇ましいことを言っているような人間に、人はついていかないのです。

今は、安全地帯から出てくることなく、私たちに「命を賭けろ」という政治家が多すぎます。
だから、政治家に対する不信感がぬぐえない。

ただ、だからと言って「まずご自分から死んでください」とはならないわけで、みんなで生き延びていい人生を送ろうとする坂本龍馬とか、勝海舟の方が私は好きなんです。
平和ボケって言いますか?

あの時代、建前だけでも武士道が残っていて、刀が当たり前にその辺にあり、お金を出せば鉄砲が買える時代に、武力に訴えない方が難しいと思いますし、自分が言葉で説得しようと思っても、相手に命を狙われることも普通にあり、よく、日本が崩壊しないで現在まで続いてこられたなぁと思います。

吉田松陰や高杉晋作の理想とする社会になったのかどうかはわかりません。
こんなはずではなかった、のではないかと思います。

でも、それでも、あの時代にこれだけの人材が続々と生まれてきてくれたことの不思議。
いや、時代が人を生んだのかなぁ。