今日は午後から出張ということで午前中は普通に仕事をしていたのですが、お昼直前に急にどかどかと仕事が来て、やむなくおにぎりを食べながら仕事をする羽目に…。
おにぎりを買いに庁舎内の売店に行ったとき、珍しく雑誌の棚に目がとまりました。

雑誌「カイ」。見たことのない雑誌ですが、季刊で23号ということは、それなりに前から売っていたはず。
コンセプトは「北海道在住のクリエイターが全道各地をじっくりと取材。“すこやかしこ”な(健やかで賢い)地域のいまをお届けします。」となっています。

なぜ目にとまったのかというと、表紙が、昨年行った道北の剣淵町にある絵本の館だったから。ランドセルを背負った少女が床に座り込んで、熱心に絵本を読んでいる写真でした。
特集は「行ってみたくなる図書館へ」

絵本の館はもちろん、札幌市の中央図書館、カメレオンコードで蔵書の分類を行っている幕別町の図書館、「読書のまち宣言」をした恵庭市の図書館、私が前から憧れていた石狩市の図書館と、写真を見るだけでうっとりのラインナップなんです。
もちろん買いましたよ。おにぎりと一緒に。

来月には次の号が出るという今、なぜ突然私の前に姿を現したのかというと、それは運命だからでしょう。
ちなみに次号の特集は「北前船と越後衆(仮)」
うーむ。興味深い…。

さて、海のない旭川でイカやホッケを食べました。
日本酒も少々飲みました。
旭川の地酒男山酒造の「く~る」(特別純米)が、ことのほかおいしうございました。
初めて聞いたお酒だけど、今日は初めてのものがラッキーなのかもしれない。
明日は仕事、頑張るぞ。(@ ̄ρ ̄@)zzzz


本日の読書:水曜の朝、午前三時 蓮見圭一

カバー裏より
『45歳の若さで逝った翻訳家で詩人の四条直美が、娘のために遺した4巻のテープ。そこに語られていたのは、大阪万博のホステスとして働いていた23歳の直美と、外交官としての将来を嘱望される理想の恋人・臼井礼との燃えるような恋物語だった。「もし、あのとき、あの人との人生を選んでいたら……」。失われたものはあまりにも大きい。愛の切なさと喜びが心にしみるラブストーリー。』

私は恋愛小説が苦手である。
私はスタイリッシュな生活を描写する物語が苦手である。
私は団塊の世代ではない。
それでも、結構面白く読めました。

なぜ、その恋は失われたのか、が知りたかったからではないかと思います。

ヒロインであるところの四条直美は、子どもの頃からとても頭がよく、周りの子たちに合わせてはいるものの、決して溶け込むことのない、神童と言ってもいいくらいの子だったようですが、読んでいて、地の文から彼女の頭の良さを感じるところはほとんどなく、どちらかというと自分に恃むところの多い、自意識と感情の塊のような女性に見えました。
親の敷いたレールの上を生き、大学、就職、そして婚約。
そんな生き方に疑問を抱いたのは、時代の流れなのでしょう。

対する恋人の臼井礼は、背が高く、頭の回転が速く、語学に堪能な学者の卵であり、その国際的なセンスと人脈の広さを持ってすれば、外交官にこそなるべきだと思う人もいるくらい。で、顔もいい。

こんな二人が、なぜ結ばれることなく終わってしまったのか。

四条直美の祖父は、A級戦犯として処刑された人物。
このことも、この話と無関係ではないと思う。
祖父の処刑の後、世間の目を非常に気にして生きてきた家族。戦争にも、歴史にも向きあうことなく、ただじっと息をひそめて世間から忘れられることだけを願ってきた。
そのくせ家意識だけは強くて。

結局四条直美は臼井礼との破局の後、親の勧める人と結婚し、その娘は幼馴染の男性と結婚する。
子どもの時に作られた世界から出て行かないんだよ。この母娘。
だからテープ起こしをするのは娘ではなく、娘の夫の仕事なのだ。
過去を振り返って形にするのは、多分外の人間でないと無理だったのだろう。

こういうケースは今でもごくありふれた出来事なのだろうけど、やはり時代の影響は今よりももっと強かったのだろうし、もしかしたらドラマにすらならない陳腐な出来事なのかもしれない。
多分陳腐なんだろう。
陳腐だからこそ私には面白く読めたのだと思う。

言葉遣いや文体など、私にはちょっと引っかかるところがたくさんあったけれども、それでも最後までペースを落とさず読めた。
団塊の世代の人たちは、この小説をどう読むのだろう?