もともと私は事務の仕事が本職なのだけど、いろいろと事情があって2年前から技術の仕事をしているわけです。
そんなわけで、去年からせっせと研修を受講しているのは、単なる暇つぶしではなく、結構私的には切羽詰まっているのです。

でも、この年になって技術の若手用の研修を受けていても、やっぱりついていけないところも多いし(そもそも私は文系なのだ)、「事務にはわからねえよな~」なんて眼の前で悪気もなく言われると、軽くへこんだりもするのです。
早く一人前の仕事がしたいから、自ら希望してこの研修に臨んだわけですが「(研修に)来たくて来てる人は気楽でいいよね~」なんて言われると、軽く激怒したりのするのです。←だから、切羽詰まってるんだって!

そんな研修のモチベーションは、研修の成果を見事に仕事に反映させて、一人前以上の仕事を軽~くこなす私の姿ではなくて、「研修が終わったら、一緒にデパ地下の串揚げ屋さんのイートインコーナーで、リカーショップで買った持込みのビールをぐびぐび飲みながら串揚げを食べましょう。」という後輩の一言や、「せっかく東京に来たんだから会いましょう。」と言ってくれるネットのお友だちの一言で、簡単に上がってしまうんです。

お金を出してもらって勉強させてもらうのだから、そりゃあ楽しいことばかりの研修ではないのですが、やっぱり気持ちアゲアゲで研修に向かう方がいいよ。
現実逃避ではなく。

今の私を受け入れてくれる人の中で、今の私が成長していければいいと思うの。
無理せず、怠けず。



本日の読書:陰摩羅鬼の瑕 京極夏彦

カバー裏より
『白樺湖畔に聳える洋館「鳥の城」は、主の五度目の婚礼を控えていた。過去の花嫁は何者かの手によって悉く初夜に命を奪われているという。花嫁を守るよう依頼された探偵・榎木津礼二郎は、小説家・関口巽と館を訪れる。ただ困惑する小説家をよそに、館の住人達の前で探偵は叫んだ。―おお、そこに人殺しがいる。』

究極の叙述トリックですな。
最後まで読んでから読み返してみたら、ここもあそこもきちんと正々堂々と書いてある。
勘のいい人なら、犯人はわかるかもしれない。
けれど、事件の真実は、きっとわからないのではないかな。

授業と授業の間の休み時間に読んでいて、泣きそうになった。この事件の哀しさに。
学生時代だったら、引き続き授業中に読み続けたかもしれないくらい、この事件の衝撃は大きい。

いやな奴、ソリの合わない奴はいても、心底悪い奴はこの作品には出てこない。
ただそれぞれに、生きることに自分なりに一生懸命だっただけなのに、それがこの連続殺人事件を生み出したしまった。

儒教と仏教の関係性など、今回もウンチクは面白く読めたけれども、そして事件解決に必要な知識だったわけだけれど、今回の京極堂はいつもより少し優しい。

それは関口が
「あまりにも悲しいじゃないか。
 悪意など、何処にもなくて
 悪人など一人も居なくても、
 それでもこんな悲しいことは起きるのだ。」
と思ってしまうのと同じ理由。
ちょっと、本当に衝撃。

もし一気に読む時間があって、一気に読んでしまっていたら、私あっちの世界(どこ?)に行っちゃってたかもしれない。
そのくらい、打ちのめされた。哀しい行き違いに。

ところで、長野県警を辞めた大鷹くん、今後このシリーズに関わってくるのでしょうか?
益山くんといい、まったく…。(-""-;)

そうそう、事件を未然に防ぐことができなかったのは、榎木津×関口の組み合わせのせいだと思うのですよね。
変人×無能。←関口談
敦子ちゃんだったら、榎木津をうまいこと動かして事件解決したでしょう。
だって、個別面談すればいいだけだもの。
それを榎木津にさせることができるのは、敦子ちゃんくらいじゃないかしら。
ただ、敦子ちゃんが長野に行く理由がなかったんだよね。
返すがえすも悲しい事件である。(TωT)