フルタイムで働きながら昼夜逆転というか、夕方と深夜が逆転している今日この頃。
昨夜は8時ごろに寝て(つまり晩ごはんを食べたあと1時間も起きていない。やばい)、先ほど起きました。
これはやっぱり、朝まで起きてなきゃパターンでしょうか。
午前10時には眠くなる女、マッピー。(おいおい、勤務時間中じゃ…)

昨日の朝、通勤電車の中で耳に飛び込んできた高校生たち(男子一人、女子二人)の会話。
女1「ねえ、うちに帰ったら、手洗う?」
男「あ、俺、洗わない派。」

派?
はぁ?
それって、派、とか何とかの問題なの?

女子二人に「気持ち悪くない?」などと聞かれて、「ご飯を食べる前には、ちょこっと洗ったりもするけど…。」とか言ってましたが、ちょこっと洗うってどんだけ?
洗ったりもするってことは、洗わなかったりもするってことね。
案の定「うえ~。」とか言われてるし。
「免疫力を高めようとか思ってさ…。」←本当か?

女1「じゃあさ、うがいもしないの?」
男「しない。」
女2「あ、私も、うがいはしない派。」

だから、派って何よ。
なんか、○○派って名乗ることによって、うっすらと前向きな感じが漂うけれど、突き詰めて考えたら、ただのずぼらなんだからね、この場合。

私は午前10時には眠くなる派、ということで。
…使ってみると、ポジティブな感じが結構いいな。
:*:・( ̄∀ ̄)・:*:


本日の読書:神去なあなあ夜話 三浦しをん

Amazonより
『100年先を見据えて作業をしている、神去村の林業の現場。そこへ放り込まれた平野勇気も、村で暮らして1年が過ぎ、20歳になった。山仕事にも慣れ、憧れの直紀さんとドライブに出かけたりもするようになったけれど……。
お仕事小説の名手が描く林業エンタメ第二弾! 秘密がいっぱいの神去村へ、ようこそ! 』

映画「WOOD JOB!」公開前に借りられるとは思わなかった。
公開前に読めてよかった、よかった。

やはり最初の「神去なあなあ日常」のインパクトに比べたら数段おちてしまう。
なんなんだ、この村は!という驚きが、やっぱり神去村だよなあ、と納得してしまうようになったからだろう。
だから余計に、村の伝説だったり、住人たちの過去だったりが、すんなり心に入ってくるのだね。
私も勇気と一緒に村に慣れてきたというか、村に愛着を感じてきたというわけで。

神去村のいいところは、年寄りも元気ってことですな。
繁ばあちゃんも、三郎じいさんも、普通にちゃんと現役の大人。
山仕事をしている三郎じいさんは、そりゃあ働き盛りの大人に比べたら体力も腕力も劣るのだろうけれど、半人前の勇気よりは体が動くし、何より山や天気のことについては誰よりも詳しい。
繁ばあちゃんも、身体の衰えはしょうがないにしても、こっそりパソコンのスキルをアップして、勇気の書く文章に参加しているあたりが、さすがしをんちゃんの書く人物と笑ってしまう。

子どもも、もちろん子どもとして扱われながらも、人間として対等というか、ひとりの人間として尊重されているところが好きだ。
子供だましでお茶を濁さず、子どもなんだから黙っていろとも言わず、大人が全力で子どもとかかわる。
大人と子どもは同じじゃないけど、人として平等なんだ。
神去村のクリスマスは、だからなんだか普通の宴会っぽいけど、周りの大人たちが山太を喜ばせようと頑張り、自分たちも大いに楽しんじゃっているわけで、そりゃあ楽しいものにならないはずがない。

山太が大きくなって、うちのクリスマスツリーは松の木で、折り紙の鶴や奴さんやてるてる坊主が飾ってあるのは違うんじゃないかと思っても、それでぐれることはないはずだ。
こんなにみんなに愛されているんだもの。
大人になったら、人の気持のよくわかるいいおやかたさまに絶対なるよ。

自分が生きていないであろう100年先を見据えた仕事って、今の世の中はなかなか成り立たなくって、目先のことしか考えないことが一般的になってしまったけれど、今自分が苦しくても、100年後の自分の子孫が笑って暮らしていけることを考えると、楽になれることもあるんだよね。
林業だけではなくて、そういう仕事がもっと当たり前になればいいのにと思う。
高校生たちに読んでほしいなあと思う本。