私の勉強机の引き出しには、ノートがいっぱい入っています。
小さめのノートから、普通の大学ノートまで。
引き出しの一つがノート専用になっているくらいです。
新学期が始まると子どもたちに新しいノートを買います。
未使用のノートがある時は、それを使うように言っていましたが、どこかにうっちゃったまま行方不明になったノートも数知れず。
そんなわけで、大体4月は大量にノートを買うのでしたが、つられて私の勉強熱も無駄に上がっちゃって、私用のノートも買っていたわけです。
子どもたちが家を出ることになり部屋を片付けるたびに、どこからともなくノートが出てくるので引き取っているうちに、引き出しいっぱいのノートが私の元へ。
さすがに一生かかっても使いきれない感じになってきたので、もう、大学ノートを買うことを自分に禁止しました。
今日久しぶりに目についたノート売り場を見ると…かわいい!
でも、方眼紙のノートだから、使い道ないなあ…。
隣のコーナーを見ると、山積みのキャンパスノート。でも、かわいい!
なんでキャンパスノートの表紙がかわいいの?
こんなの持ってないよ。欲しいなあ。
いや、ノートは表紙じゃないのよ。
私が本当に欲しいのは、ロザンが監修した大学ノートなのよ。
もう、とにかく勉強が進みそうなあのノート。早いところ今あるノートを使い切って、ロザンのノートを買おう。
と思ったら、そのロザンのノートも、めちゃくちゃ表紙がかわいい。
プーさんの鼻。ミニーのシルエット。
勉強用のノートが、なぜにこんなにかわいいのだ。
勉強するわ。
そしてノートを使い切ったら、ご褒美に大学ノートを買うのだ。
10年後の自分、待ってろ~!( ̄ー ̄)
本日の読書:やあ、アンドレア -ある「父と子」の風景― マルチェロ・アルジッリ
Amazonより
『どこへともなくすがたを消しては、また現れるアンドレア。いったい、どこへ行っているのか。―鉄条網で囲まれた強制収容所、ナパーム弾が落とされるベトナム、真っ裸で荷運びしたシチリアの硫黄山。―時空を超えてくり広げられるアンドレアの物語は、実際に、「やつ」が体験したことなのか、それともただの空想なのか。アンドレアに翻弄されつつも、いつしか「わたし」は、父親として認められたいと望むようになっていく…。 』
いつのころからか、ふらりと現れては数日を共に過ごし、またどこへともなく消えてしまう少年アンドレア。
社会派のジャーナリストである私は、次第にアンドレアを自分の息子のように思い始め、父として認められたいと思い始める。
誰だって誰かに支配されたり管理されたりはしたくないはず。
なのに、親は子どもにそれをしていいと、なぜか思ってしまうことが多い。
親が子どもにするべきことは管理・支配することではなく、自由を与え、それに伴う責任を覚えさせること。
ただ、多くの子どもたちは親よりも経験が少ない分、簡単に親に丸め込まれ、「あなたのためなのよ」という言葉で親にからめとられていく。
アンドレアはなぜか、世界各地の、命の危険と背中合わせに生きている人たちの暮らしを、自分のことのようによく知っている。
だから、世間の大人の欺瞞を鋭く見破ってしまうのだ。
本当に大切なこと。
本当に必要なもの。
アンドレアが受け取るのは、そういうものだけ。
だから彼は鳥のように自由にどこへでも行くことができる。
児童文学で、短い作品なので、読むのは簡単だけれど、味わうのはなかなか難しい。
私もまた、欺瞞に満ちた大人のひとりだから。
なるべく身軽に生きたいとは思っているのだけれど。
小さめのノートから、普通の大学ノートまで。
引き出しの一つがノート専用になっているくらいです。
新学期が始まると子どもたちに新しいノートを買います。
未使用のノートがある時は、それを使うように言っていましたが、どこかにうっちゃったまま行方不明になったノートも数知れず。
そんなわけで、大体4月は大量にノートを買うのでしたが、つられて私の勉強熱も無駄に上がっちゃって、私用のノートも買っていたわけです。
子どもたちが家を出ることになり部屋を片付けるたびに、どこからともなくノートが出てくるので引き取っているうちに、引き出しいっぱいのノートが私の元へ。
さすがに一生かかっても使いきれない感じになってきたので、もう、大学ノートを買うことを自分に禁止しました。
今日久しぶりに目についたノート売り場を見ると…かわいい!
でも、方眼紙のノートだから、使い道ないなあ…。
隣のコーナーを見ると、山積みのキャンパスノート。でも、かわいい!
なんでキャンパスノートの表紙がかわいいの?
こんなの持ってないよ。欲しいなあ。
いや、ノートは表紙じゃないのよ。
私が本当に欲しいのは、ロザンが監修した大学ノートなのよ。
もう、とにかく勉強が進みそうなあのノート。早いところ今あるノートを使い切って、ロザンのノートを買おう。
と思ったら、そのロザンのノートも、めちゃくちゃ表紙がかわいい。
プーさんの鼻。ミニーのシルエット。
勉強用のノートが、なぜにこんなにかわいいのだ。
勉強するわ。
そしてノートを使い切ったら、ご褒美に大学ノートを買うのだ。
10年後の自分、待ってろ~!( ̄ー ̄)
本日の読書:やあ、アンドレア -ある「父と子」の風景― マルチェロ・アルジッリ
Amazonより
『どこへともなくすがたを消しては、また現れるアンドレア。いったい、どこへ行っているのか。―鉄条網で囲まれた強制収容所、ナパーム弾が落とされるベトナム、真っ裸で荷運びしたシチリアの硫黄山。―時空を超えてくり広げられるアンドレアの物語は、実際に、「やつ」が体験したことなのか、それともただの空想なのか。アンドレアに翻弄されつつも、いつしか「わたし」は、父親として認められたいと望むようになっていく…。 』
いつのころからか、ふらりと現れては数日を共に過ごし、またどこへともなく消えてしまう少年アンドレア。
社会派のジャーナリストである私は、次第にアンドレアを自分の息子のように思い始め、父として認められたいと思い始める。
誰だって誰かに支配されたり管理されたりはしたくないはず。
なのに、親は子どもにそれをしていいと、なぜか思ってしまうことが多い。
親が子どもにするべきことは管理・支配することではなく、自由を与え、それに伴う責任を覚えさせること。
ただ、多くの子どもたちは親よりも経験が少ない分、簡単に親に丸め込まれ、「あなたのためなのよ」という言葉で親にからめとられていく。
アンドレアはなぜか、世界各地の、命の危険と背中合わせに生きている人たちの暮らしを、自分のことのようによく知っている。
だから、世間の大人の欺瞞を鋭く見破ってしまうのだ。
本当に大切なこと。
本当に必要なもの。
アンドレアが受け取るのは、そういうものだけ。
だから彼は鳥のように自由にどこへでも行くことができる。
児童文学で、短い作品なので、読むのは簡単だけれど、味わうのはなかなか難しい。
私もまた、欺瞞に満ちた大人のひとりだから。
なるべく身軽に生きたいとは思っているのだけれど。