昨日の新年会メンバーは、今日絶対休むことが許されません。
もし休んだら、たとえただの二日酔いが原因だったとしても、たとえ朝起きた時「今日たるいな~」と思ってしまったとしても、たとえ夜中に急性虫垂炎になったとしても、休もうものなら「あいつカキにあたったんだぜ~。宝くじに当たんないで、カキにあたったんだぜ~。だっせ~。」と言われるのは明白だからである。
ところが今朝JRの駅に行ったら、電車が来やしない。
確かに昨日雪は降ったけど、その程度で?
年明けからこっち、毎日毎日いろんな理由で電車が遅れるので、「いっそのこと『本日の気まぐれダイヤ』とでもしとくがいい!」と憎まれ口をたたいていたのですが、今日ばかりは休むわけにはいかないのよ。
みんな何とか滑り込みセーフで出勤してきましたよ。
というか、昨日の幹事は「カキは一人3個まで。それ以上はお出ししません。あたるから。」ってうるさかったの。あたるの前提で食べますか?
私は、生1個、焼き1個、蒸し2個食べました。あれ?3個以上食べてるし。みんなはもっと食べてたし。
さ、これで年末年始の怒涛の日々を一旦終えて、かわりばえのしない日常に戻っていきますよ。
娘も今日帰って行きました。
普通の生活。
ポレポレでいきましょう。
本日の読書:蟹の横歩き ヴィルヘルム・グストロフ号事件 ギュンター・グラス
Amazonより
『第二次大戦末期、多数のドイツ避難民を乗せた客船がソ連の潜水艦に撃沈された。死者の数はタイタニックの6倍にも達した史上最悪の惨事となりながら、この悲劇は人々の記憶から抹殺されて、半世紀以上語られることがなかった。グラスだからこそあえてタブーに挑んで歴史に対峙した。』
実はこの本、読み方を間違えていました。
先に「玉ねぎの皮をむきながら」という告白本?自分史?の本を読んでしまっていたために、主人公と本人がごっちゃになってしまって、事実だと勘違いしながら読み進めてしまったのです。
だから、どうも主人公の年齢と、本人の過去と、うまく計算が合わない。
指折り数えながら計算しても、やっぱりよく分からないので、とうとう途中でネット検索をしてしまいました。
この本、事実をもとにした小説だとはずっとわかっていたのです。でも、事実も組み合わせ方次第では良質な創作物になりうると、自分を納得させながら読んでいたわけです。
単純にフィクションだったんですけどね。
大体私は本を読んでいて、途中で分からないことが出てきてもそのまま読み進めてしまうんですよね。読みながら理解していく。最後まで読み終えてもまだ疑問があったら、その時にまとめて調べてみる。
今回は無理でした。
読んでも読んでもちんぷんかんぷんだったので、我慢できなくて途中で実際のヴィルヘルム・グストロフ号事件を調べて、ようやくこれが小説だと合点がいったのでした。
タイトルの「蟹の横歩き」とは、蟹が右に左に動くように語られていく、その語り口のこと。
だから余計に混乱したのでした。
すっきりしてから読書を再開して、インターネットの便利さ、お手軽さ、怖さを感じつつ(本書はインターネットが結構カギになっている)、話をどこに落とすのだろうとドキドキしながら読みました。
読了後、もう一度「玉ねぎの皮をむきながら」のことを思い出すと、重い荷物を手渡されていたことに気づきます。
ナチスのことは、一般的に言われていること以外はわかりません。
「アンネの日記」でその非人道的な行為を知りました。
けれど、思想と世相と戦争と、いろんなことが重なり合った結果の歴史なのであって、上っ面だけで軽々に語ることではないなと思います。
戦争だから何をやってもいいということはもちろんありませんが、戦争だったのだもの、どちらにも痛みはあったのですよね。
それを知り尽くしたうえでのギュンター・グラスの作品は、だからこそ何かを人の心に残すのでしょう。
難しかったけれど、読んでよかった本です。