日々寒さが厳しくなってきたこの頃、毎朝見ている天気予報も、朝の気温が低かった地名が画面に映るようになりました。

今朝道内で一番気温が低かったのは宇登呂。“うとろ”と読みます。


北海道は難しい地名が多いとよく言われますが、そんなことないと思いますよ。パターンが決まっているので、それを覚えれば比較的簡単ではないかと思います。逆に本州の難読地名は本当に読めません。

狸穴で“まみあな”とか、月出里で“すだち”とか、全く読めないもの。


根っからの道産子なので、道内の難読地名は割かし気に入っていますが、一番好きなのは花畔です。“ばんなぐろ”と読みます。訓読みのはなくろが馴化した感じでしょうか。


で、今朝道内で2番目に気温が低かったところ。

知方学。

これが…以前読めなくて調べた覚えがあるのに、今日もやっぱり読めませんでした。どう見ても人名にしか読めない。前調べたのになあ。むむぅ。


また、調べました。

“ちっぽまない”と読みます。


読めんわ!


本日の読書:夜の国のクーパー 伊坂幸太郎


Amazonより

『この国は戦争に負けたのだそうだ。占領軍の先発隊がやってきて、町の人間はそわそわ、おどおどしている。はるか昔にも鉄国に負けたらしいけれど、戦争に負けるのがどういうことなのか、町の人間は経験がないからわからない。人間より寿命が短いのだから、猫の僕だって当然わからない――。これは猫と戦争と、そして何より、世界の理のおはなし。どこか不思議になつかしいような/誰も一度も読んだことのない、破格の小説をお届けします。ジャンル分け不要不可、渾身の傑作。伊坂幸太郎が放つ、10作目の書き下ろし長編。』


「オーデュポンの祈り」に雰囲気が似ている。仙台から小舟に乗ってたどり着いた、どこかわからない世界の話。何故ここにいるのかも私にはわからない。ただし、喋る案山子はいない。喋る猫はいるけれど。


伊坂幸太郎らしく、構成の妙は健在である。けれども、テンポのよい会話、スタイリッシュな箴言はない。

状況の分からないしがない公務員の私に、この世界の現状を話してくれるのは猫のトム。猫だから人間のことはよく分からない。人間の行けないところへ入り込むことはできても。


この世界の多くの人間も状況がよく分かっていない。肝心なことはすべて王が知っていて、王がよきに計らってくれたから。けれど今、国は戦争に負け、王も死んでしまった。どうしたらいいのか誰もわからない。


そういうわけで、状況説明は実にまだるっこしく、行きつ戻りつ、時にはぐるぐるまわりして話は進む。

クーパーって何?クーパーの兵士って何?戦争って何?誰と誰が戦ってたの?

わからないことだらけでもどかしい。

しかしこのもどかしさは、語り手の私(しがない公務員)や語り手のぼく(猫のトム)のもどかしさでもある。


考える。考える。真実は一体どういうことなのか。

登場人物の彼らは行動を起こす。

自分で考え、自分の責任で行動を起こす。

鉄国と小さな国。クーパーとクーパーの兵士。猫とねずみ。そして私と不倫をした妻。


400ページの作品で、物語が動き始めたのはようやく250ページを過ぎてから。

残り100ページからの怒涛の畳みかけはやはり伊坂幸太郎。

そして、考える。世の中の在り方、世界の理を。


あんまりいっぱい考えたので、今日見た夢はこの作品とは全く関連性のないストーリーだったけど、この本を読んだがために見た夢だと感じた。

この本のエキスがほどけて私の体内に入った感じがしたから。