村上春樹のエッセイを読んだ後は、山盛りのサラダを食べたくなる。

幸い今日は10さんがいないので、心ゆくまでサラダをわしわしと食べる。


10さんもサラダは好きなんだけど、それでも10さんがいるとサラダがメインになることはない。

山盛りのサラダと夕べの残りの味噌汁という晩ご飯でご機嫌にお腹が膨れ、デザートに用意したリンゴが入らない。

不幸のどん底。

ハルキのせいだ!←自業自得では?


最近年のせいか(明らかに年のせいだ)、脂が苦手なのです。

私より年上の10さんにその兆候が見られないのがとても不思議。つうか、悔しい。

2日ほど前に食べた焼き魚の脂が、まだちょっとムカついている今日この頃。このまま焼き魚を食べられなくなったらどうしようと、結構本気で怯えています。


カツ丼をおいしいと思ったのは20歳の時まで。

肉の脂身が苦手になってきたのは、子どもたちが食べ盛りに突入したころ。

最近脂ののった魚があまり食べられなくなり、鯖とかを敬遠したりして…。


問題なのは、嫌いになったわけじゃないこと。

お肉大好きだし、魚も大好きだし。でも食べられない。

このままベジタリアンになってしまったらどうしよう。


ハルキのせいだ!

あんなにおいしそうにサラダのことをエッセイに書くからだ!

断じて年のせいではない!   ことにしておこう。


本日の読書:学問のすゝめ 福沢諭吉


Amazonより

『天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず近代日本を代表する思想家が本書を通してめざした国民の精神革命。自由平等・独立自尊の思想、実学の奨励を平易な文章で説く不朽の名著に丁寧な語釈・解説を付す』


私は普段、一冊の本を読み始めたら最後まで読み通す方なんだけれど、この本は、他の本を間に挟みながらちょこちょこ読んだ。


現代語訳も出ているのだけど、あえて原文で読んだのは自分の読解力で理解したかったから。現代語訳で読めばもっとわかりやすいのだろうけど、この本をそんなに簡単にわかった気になってはいけないと思ったから。


難しいは難しかった。語彙も難解だし、二重否定が多用された文章はそれだけでなかなか厄介だ。多分微妙なニュアンスは受け止められなかったと思う。それでも、今読んでもこの本の内容はすごいとわかる。それとも今読んだからか?


一人の人間として、国民として、自分の力で寄って立つためには、学問を修めろ、と。

他人に、自分に甘えるな、と。

違うと思ったら「No」と言え。力に訴えるな。

古いもの、権威のあるものを盲信するな。時代の必要を考慮しろ。

衣食住の満足で終わるなら蟻と同じだ。世の中に貢献することを考えろ。

政府の分限、個人の分限、互いにきっちりわきまえろ。


「強い国日本」を作るためには、国民一人一人がきちんと考え行動できなければならない。そのために書かれたこの本。学問のすゝめ。


「強い日本」「美しい日本」が好きな現政府が、なぜこの本に言及しないのか分かった。

よい国民を作るためには、政府も情報を隠すなと書いてある。

無知な国民からぼったくるなと書いてある。

国は国民を保護する義務があり、国民は国から保護されているのだから、税金は惜しむなとも書いてある。


当たり前の事なんだけど。どれも当たり前の事なんだけど。

それが全然できていない今の日本に

「喝っ!!」

って言って、福沢先生。