サッカーの審判講習のため
、+9が帰って来た。本当
は昨日のうちに着くはずだ


ったのに、吹雪のせいで、6時間も電車の中に閉じこめられて、朝の4時に車で駅まで迎えに行くはめに。

10さんは「眠い、眠い」と言いながらも普通に出勤しましたが、本人が起きて来たのは昼の2時。寝過ぎじゃねぇか?相変わらずマイペースな人である。

意外や私は昼寝もせず、普通に過ごせました。

本日の読書:母 三浦綾子

この『母』というのは一般的な母の意味ではなく、小林多喜二の母である。

小林家は、母こそ文盲であったけれど、父は貧しいながらも読書に親しみ、子どもたちもみな賢く、優しく、いい子たちばかりで、笑いの絶えない家族であった。
多喜二自身も自分の家が貧乏で不幸だと思っていたわけではなく、長じるにつれ、世の中にはもっともっと貧乏な人もいれば、お金の不自由を感じずに生きている人がいることに疑問を持ち、小説を書き、共産党に入党する。

母は、多喜二の思想は正しいと思い、どうして警察や軍人が弱い者いじめのように貧しい人たちを扱うのかが分からないと言う。そういう弱い人を守ることこそが警察や軍人の仕事なのではないか、と。

その警察に殺され、裁判も行われず、むごい死体になって帰ってきた多喜二を、それでも母は愛おしみ、想いをはせ、一緒に死んでやりたかったと思いながら、多喜二一人の母ではないのだ、他の子たちもいるのだと、気丈に生きていく。

重たい話なのに読みやすかったのは、小林家の皆が明るく楽しく生きていたからか。三浦綾子さんの筆力に、いまさらながら脱帽。


大正時代の身の上相談 カタログハウス編
面白かった。大正も平成も変わらんなぁ~という相談が思いのほか多かった。もっとも時代を感じさせる相談が一番多かったのだけれど。

人間関係が今より濃密だったからこその悩みが多いということは、そのころから個に自我が芽生えてきたということか。

大正時代の回答の後に、平成ならの回答があって、面白かった。