ShortStory.511 選択の時 | 小説のへや(※新世界航海中)

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 1話完結の短編小説を書いています。ぜひご一読ください!
  コメントいただけると嬉しいです。無断転載はご遠慮ください。

 久しぶりの更新になってしましました。

 気づけば梅雨に入り、ジメジメで暑い夏が……

 そんな季節にぴったりの清涼感満天の物語を――書きたい(←願望)

 

↓以下本文

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 2つの扉がある。

 

 どちらかは出口の部屋に通じていて、

 もう一方は猛獣たちの部屋につながっている。

 扉を閉め、しばらく進まないとどちらの部屋であるかはわからない――

 

 

 

 選択の時

 

 

 

 モニター室で横山(よこやま)は画面を見つめていた。

 自分がかつて選んだ扉を思い出しながら、デスクを指でとんとんと叩く。

 部屋の扉が開き、主任の小塚(こづか)が入ってくると、

 彼は振り向き、会釈した。小塚はその挨拶に片手で応じる。

 

「退屈だろう? 最近はこういった事例が多くてね」

 

 白衣姿の小塚が、眼鏡の奥の目を細めた。

 横山は「いえ」と短く答えたきり、再び画面へと視線を戻す。

 モニター室は彼ら二人しかおらず、別の人間は、

 他の部屋で各々の仕事に従事しているようだった。

 部屋には窓がなく、時計がなければ

 今が朝なのか夜なのかもわからない。

 横山は部屋の時計を信じていないのか、専ら

 自分の腕時計で時間を確認していた。

 勤務時間終了まで、あと2時間ほどだった。

 

「Aの部屋を選ぶか、Bの部屋を選ぶか。

 報酬を得て助かるためには、どちらかを選ばなくてはならない」

 

 小塚はそう言いながら、横山の隣に座った。

 横山は相変わらずモニターをじっと眺めている。

 画面の向こうの小部屋には、一人の女性がいた。

 どこの誰なのか彼は知らない。プロフィールなどは

 すべて小塚が管理しているからだ。

 金額につられてこの臨床試験(バイト)に参加する者は

 少なくない。のっぴきならない事情のある者もいれば、

 深い考えのない浅はかな者もいる。

 そのどちらなのか、横山には興味がなかった。

 

「ずっとこの様子か」

 

 小塚の言葉に、彼は「はい」と答えた。

 モニターの中の女性は、床にうずくまっている。

 Aの部屋を選ぶわけでも、Bの部屋を選ぶわけでもない。

 最初は泣き叫んで部屋の壁を叩いたりしていたのだが、

 今ではそんな行動も見られない。

 とはいえ、試験の内容を忘れたわけではないだろう。

 AもしくはBの部屋を選び進むこと。

 それで臨床試験は終了となる。

 どちらかは出口の部屋に通じていて1億円の報酬を得られる。

 一方は、猛獣の部屋に通じていて、確実に命を落とすだろう。

 途中退出は出来ず、水や食料も供給されない。

 

「君は随分早かったそうだね」

 

 小塚が言った。何のことか彼は言わなかったが、

 横山は内容を察したらしく、「はい」と答えた。

 

「怖くなかったのかい」

「はっきり覚えていません」

 

 その返答に、小塚は一瞬表情を固まらせると、

 すぐに噴き出した。ぱんぱんと手を打ちながら笑う。

 

「記憶にございませんというやつか。参ったな」

 

 ひとしきり笑って落ち着いたのか、小塚はふうと深く息を吐いた。

 

「でも、君は出口の部屋を選んだ。だからここにいる。生きている」

 

 モニターの向こうの部屋で、女性が横たわるのが見えた。

 画面の端には経過時間の表示があり、刻一刻と

 時を刻み続けている。現在、試験開始から約97時間28分。

 

「バイタルは」

「正常ではありませんが、消失はしていません」

 

「このままでは死んでしまうな」

 

 小塚の最後の呟きに、横山は沈黙していた。

 聞き取れなかったのか、返答しかねたのかはわからない。

 ただ、彼の言っていることは確かだった。

 部屋の中の彼女が生き延びる可能性は、扉の先にしかない。

 

 Aの部屋かBの部屋か。

 

「選ばないのか、選べないのか」

 

 モニターの向こうの音は聞こえてこないが、

 床に横たわった女性の手足が、大きく痙攣したのが見えた。

 再びその手足を縮ませると、動かなくなった――

 

 

 横山が腕時計を見ると、定刻の10分後だった。

 試験記録をパソコン上に入力する。最終選択欄は、

 部屋Aでも部屋Bでもない。『部屋C』である。

 横山は、『試験終了』をクリックした。

 

 そそくさと帰り支度をする彼を見て、小塚が笑った。

 

「たまには思いきり遊びに行くといい。君は億万長者なんだ」

 

 彼の言葉に、横山は会釈を返しただけだった。

 本日の試験結果一覧がモニターの端に映っている。

 部屋A、5名。部屋B、6名。部屋C、4名。

 

 試験継続中、32名――

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

<完>