しばらくして、男女全員が検査を終えた。内田清美が保管室を出た後、最後に出てきたのは中村梓だった。これで裏切り者が明らかになると、全員がタカを括っていた。
が、待っていた結果は自分達が信じていた現実からは酷く透逸したものだった。
誰一人として、あると確信していたものが無いのだ。
「お前等女子が誰かを庇ってんじゃねーのか?」
言い出したのは塚越だった。それに梅崎が反論する。
「馬鹿なこと言わないでよ。今回のことで、皆、散々迷惑被ってるのよ? 庇ったところで、何のメリットがあるの?」
「ウチのクラスは仲がいいからな。お前等、友達同士だからバレて叩かれるのを危惧して、なかったことにしてんじゃないの?」
「何? だったらアンタ達だってあり得るでしょ? 皆して庇い合ってんじゃないの?」
梅崎は真っ当な反論をしかえしたが、しかし塚越は折れない。
「俺はこのクラスに友達いないもん。一匹狼だから。だから此奴等が庇い合ったって俺だけは正直だけど、それでもこの中にそんなものを持ってるヤツなんていなかったぜ」
「あっ、テメエ何嘘言ってやがんだ」
横から舛谷が槍を入れる。が、あまり意味をなさなかった。
「あら、寂しい人ね。泣けてくるわ」
「ふん、余計な御世話だ。泣くどころか笑ってんじゃねえか」
何だこの下らない会話は、と、意外にも大高は含み笑いをしている。
神谷健太郎が内田清美につかみかかった。
「だったらここで脱げよ! ほら、サッサとスカートも下着も何から何まで! 疑い晴れるぞ」
そう言って神谷健太郎は襟を掴み、左右に向けて引き裂いた。声を上げる暇も与えず、今度は鳩尾に蹴りを入れ、内田清美を床へ倒した。
「ケホッ、ケホッ」
むせている内田清美を尻目に、神谷健太郎は何処かへアイコンタクトを送る。
すると、井桁、丹野、高橋、飯川の4人が歩み寄ってきて、内田清美の四肢を封じた。
実はこの5人は、男子の中にいないとわかった時点で、自分達が結託し女子全員を片っ端から脱がしていこうと決めていたのだ。
神谷健太郎は無抵抗なままの内田清美のスカートを捲り、パンツを引っ張る。
最後まで脱がすことが面倒に感じたのか、膝で止め、ポケットから取り出したカッターでそれを裂く。
ブラジャーも同じ容量で切断していく。
「こいつは持ってないな。よし、次だつ…」
神谷が言いかけた瞬間、首筋に冷たい感触があった。
おそるおそる振り返ると中村梓がボールペンを突き付けていた。
「スパイを紛れ込ませるってことは、俺達が何か行動を起こさないかってことも気にしてたんだよな? だったら、そのスパイは俺達の人質をとって奴等と取引する作戦は知ってたはず。
仲間に伝えれば、事前に防ぐことぐらいワケないんじゃないのか?」
塚越の問いに、顎を撫でながら大高が答えた。
「そこは不幸中の幸いだったな。茂央は敵の気を引いて狙い打つ方法しか話してなかった。
だからそういう作戦があがったことはわかっても、伝わっても、肝心の打開策はわからなかったんだ」
「怖っ…。ギリセーフだったってことか」
「大高の推論では、スパイはどこかで内田清美を脅し、殺人を強要した。
銃をどこかに隠させ、今、内田清美が言えない状態にしている。どうせそいつも名乗り出るような真似はしないだろう。よし、皆――服脱げ」
全員の目が、動揺の色に染まった。
こいつは自分が何を言ってるかわかっているのか? 沈黙が、一同のそれを代弁した。
沈黙が襲いかかっても尚、茂央はまるでマネキン人形のような表情を一つも揺るがさない。
「茂央君、そこまでやらなくてもいいでしょ? 冗談キツいって」
「いいから脱げって。全員ここで。ほらサッサと」
言いながらも茂央はブレザーを投げ捨て、セーターとブラウスをも自ら剥ぎ取る。
やがてはベルトすら床に着地し、チャックに指がいくまでにあまり時間はかからなかった。
「おいおい、長野といい湯浅といい、露出狂の集まりかよ特進クラスは」
ズボンまでもが床へ着地し、ついにパンツへ手がかけられようとした一瞬先に、茂央は股間に強い痛みを感じた。
意外にもそれは、梓という名のガールフレンドによる行動で、彼女は茂央のパンツを前方から鷲掴みにし、上へ持ち上げている。
呆気にとられた茂央は、ただ呆然と梓を見つめた。
「アンタの意見には賛成だけど、流石に男女はわかれた方がよくない?」
「――そうだな。じゃあ、女子は全員保管室で、梓、お前が検査をしてくれないか? 勿論、お前が最初に全員の前で脱いでから」
この場合の『全員の前で』と言うのは、『“女子”全員の前で』という意味である――なんてことは、流石に暗黙の了解として理解出来たのだろう。
梓は黙って頷き、大きな目を真正面に向けた。
「皆、確かに女子だけに限られても嫌だって子がいることもわかってる。でも今は、そんなことを言ってられる程あたし達に余裕はない。多少のことは我慢して頂戴」
形式上、全員は納得した。
しかし、幾つもの疑問点の行く先には、濃く、深い霧がかかっている状態だった。
「根拠はちゃんとある。それを証明するには、俺が口で言うより実際にやった方が早いだろう」
言ったきり、大高は席を立ち、保管室へ消えた。


――「何をするんだ?」
「離れろよ茂央」
言われるがまま、茂央は一歩退く。
様子を窺っていると、大高が床にライフルの銃口を向ける。
そこで何をするか察しがついた茂央が止めに入るが、一足遅く、銃弾は床を貫いた。
「危ないな」
大高が眉間にシワを作る。
「……あれ?」
茂央が顎に指をやる。銃弾が貫いた一点を見つめていると、大高が何が言いたいのかが見えてきた気がして、次は大高に焦点を向ける。
「気付いた顔だな」
「ああ。さっきと発砲音が違う」
「そう。さっき内田があいつを撃った時は、(ダァンッ!)っていう、よく映画である感じの後に響くような音。でも今のは、(ドッ)て感じに、乾いた音。言ってしまえば、このライフルからあんな音が出る筈がないんだ」
茂央が口を開くより先に、塚越が問う。
「でも現実には、さっき鳴ってる。あんなデカい発砲音が。どういうことだ?」
「つまり、あの場にはこれとは別に違う銃があったんだ。それを使って内田はあいつを殺した。被害者を装えば、疑われることだってない。
何より、普通の生徒なら持ってる筈のないものを持ってる。これが確たる証拠」
「不自然に思えるのはわかるが、完璧な推論じゃないな。先ず、もう一つ銃を持っていたとして、何故わざわざ音の違うもう一つの方を使う? 自白するようなもんだろ」
茂央が横から口を挟む。
「じゃあ、こうは考えられないか?
――俺達の中に潜入しているスパイは、安田を返すわけにはいかないから、人質を何とかしなければならない。しかし、下手をすれば自白するようなもの。そこで考えついたんだ。
(生徒を脅し、そいつに殺させよう)とね。
自分は複数銃弾が入っている拳銃を所持し、その生徒には一発だけ銃弾が入っている拳銃を手渡す。室内を偽装工作し、あたかも襲われて威嚇射撃でやむなく撃った。その状況を作り出す為の手順を教え、実行させる。『バラしたら殺すよ』とでも言っとけば、後はその生徒は何も出来ないって寸法。
その銃を使わせたのも、その生徒に疑いを着せる為」
茂央の推論はかなりの説得力があったらしく、皆が頷いていた。