最近プロ野球の開幕などで国歌「君が代」を聴くがちょっと思った事書いてみる。
「君が代」というと『この歌は現在の日本の国歌には適していない』などで不起立問題などのほうが重視されているがこのブログではそれが本題ではない。でもヒマだから書いてみるか…。
私は「君が代」を批判もしないし肯定もしない。少し明るい曲調にしてみてはどうだろうかと思うが、ま-たぶんこれから国歌を変えるとはないだろう。
「君が代」の事を少しばかり説明すると、歌詞は古今和歌集に収録されている和歌である。古今和歌集とは、平安時代に醍醐天皇の勅命により選ばれなかった歌から撰者(紀貫之・紀友則・凡河内躬恒・壬生忠岑の4人)たちの時代まで和歌を撰んで編集し、905年に奏上されたものだ。勅撰和歌集である。作者は不明。「君が代」は3種類あるようで、現在歌われているのは林広守が作曲した「2番目の君が代」と言われている。
詞を簡単に現代語訳すると『君が長くそれこそ千年も八千年も幸せに続きますように、小さな石が大きな岩となって、苔が生えるまで』といった感じだろう。
「君が代」の意味を解釈するさいに問題なのが『君』という詞が誰を意味するかである。これは諸説あって主に天皇を指していると言われたりしているが決してそうではないと私は思う。古典学的に言うと「君が代」は恋歌であり、したがって『君』とは『愛しい人』である。という説が有力であると思う(もう一度言うがあくまで古典的に)。
私の意見はこんなものだろうか。もっと書こうと思えば書けるが本題じゃないから書かない。上記をまとめると私は「君が代」を批判していないようだ…。
さて本題に入るとしよう。上記に比べるとかなり幼稚かもしれないが、私はこちらのほうが重要だと思う。それは『歌い方』である。すごく簡単に言えば『国歌なのだから正確に歌え!』ということだ。例えるならば音程とか(音程は当たり前か…)、息継ぎの位置だ。音楽用語とかでは「ブレス」って言うんだったかな?主に後者が問題だろう。スポ-ツなどの開会式のさい、よくミュ-ジシャンやア-ティストが国歌独唱をする。そのときその人なりにアレンジをして歌うことがあるが(もちろん正確に歌っていらっしゃる歌手もいる)、私はいかがなものかと思う。じゃあ他人の歌を歌うときにもアレンジを加えてはいけないのかという意見があるとは思うがそうではない。「君が代」は『国歌』だからだ。国歌は譜面どうりに正確に歌わなければならないと私は思う。「君が代」の歌い方なんて知らない・習ってないと言われてしまえばそれまでであるかもしれないが、そのような教育をしてこなかった日本もどうかと思う(私は中学時代の音楽教師がかなり厳しかったため口酸っぱく歌い方を注意された)。
とはいえ、せめて大きな公共の場で国家「君が代」を歌うミュ-ジシャンやア-ティストの皆さんにはアレンジなしでかつ譜面どうりに正確に歌ってほしいものである。